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続カトリーナ
「今日はお月見です」というキャッチフレーズで味噌肉団子(右写真)を売ろうという販売戦略には若干の問題があるような気がするがどうか(挨拶)。まあ、買ったわけだが。
ぼちぼちと留守中の出来事に追従しようと努力している一方さっそくに校務で呼びだされたりして「三連休って何ですか?」という感じだったわけだが、しかし投票日翌朝の朝日で香山リカが今回の選挙結果について「洗脳」と表現してるのには笑ったよな。洗脳されてない人間は辻元清美の応援演説したりするわけですかそうですか。客観的には絶対少数であるにもかかわらず自分たちの正当性を強固に主張し、大多数の他者の方が間違っている・洗脳されている・陰謀にだまされているなどと主張するのって、カルト教団の典型的特徴じゃありませんでしたっけ。
さて週刊朝日の連載で船橋洋一氏がカトリーナ問題を扱っているのだが、率直に言って質が低い。自家用車を持っていない貧困層が避難命令に対応できずに犠牲者になったと前提しているのだが、Wikipediaあたりを見るだけでも、ニュー・オーリンズ市の避難計画ではその人たちのためにスクールバスを利用することになっていたのだが、市長がその指示を出さなかったことが指摘されている。これについてはスクールバスの契約を結んでいるのが市の教育委員会であり、所有者はバス会社であるため、実際にバスが使えたかどうかは定かでないという弁護がある。しかし私の感覚から言えば契約の確認や、必要であれば追加契約の締結と費用支払い、運転手を含めた当日の動員計画と避難民に対する誘導計画まで含めて「避難計画」と言うのであって、それらに関する事実がよくわからないというだけで計画立案の失敗を証明しているようなものである。
地元警察の対応や救難計画全体に人種差別的要素があるのではないかという指摘もされているが、日本と違ってアメリカの警察は地方自治体の組織であり、従って地元の警察が人種差別的だというならそれは地元自治体の首長がそのような警察を放置していたということであるし、救難計画についてもすでに指摘した通り、第一義的には地元自治体(特に州)の権限に属するはずである。で、州知事は既述の通り民主党、ニューオーリンズ市長も民主党員であった。で、誰が誰を批判してるって?
繰り返し言うが、私は共和党やブッシュ政権に批判されるべき点がないとはまったく考えない。貧富の格差の拡大や、動員されるべき州軍がイラク派遣で戦力不足に陥っていたことなどには政権の影響が強いだろう。しかし後者にしても地元にいないことが昨日や今日に判明したわけではあるまいし、不足しているなら早期に連邦の支援を要請するなり他州の州軍を派遣してもらうなりする責任は州知事に属しているはずである。それらの直接的な要因を無視してマクロな影響の源泉であるブッシュ政権だけを批判することに意味があるとは思えない。あるいは、特定の政治的立場にとっての意味しかない。
一方で、では民主党だけが悪いのかというとそうも思わない。市長については就任のしばらく前まで共和党登録だったそうであって、まあ彼の行為(と危機管理に関する資質の欠落)に支持政党の影響があるとも思えない。問題の核心は州政府・地方自治体の権限が非常に強く、無能や差別や腐敗が自治の名の下に隠蔽されやすいアメリカの政治システムにあるのだろうが、それは民主・共和両党の共犯によって維持されてきたという点に注目すべきである。連邦制にしても、非常に第三党の登場しにくい小選挙区制をベースにした国政システムにしても、どちらかの党が変えるべきだと思えばチャンスを狙うことはできたはずである。戦後60年ほぼ政権交代のなかった日本(という認識は実は間違いだ、と前に書いたわけだが)と違って民主・共和両党は頻繁に政権を掌握しているわけで、にもかかわらず何故制度が変わっていないかといえば、両党ともそのシステムから一定の利益を得ているから、というのが有力な仮説だろう。
そういうシステムをどう評価するかというのは難しい問題である。私個人としてはアメリカ的制度にあまり魅力を感じないのだが(特に連邦制と地方自治制度には)、とりあえずそれが彼らの選択なのだから我々に影響しない範囲でほおっておけばええがな、と思っている。しかしいずれにせよ、彼我のシステムには相当に大きな違いがあるのであって、その差を無視して教訓話を書いても実際の役には立たないだけの話である。問題はそのようなむなしいお説教を、何故よりにもよってアメリカ通の船橋氏が書くのかという点にあるのだが、単に私が氏を買いかぶっていただけのことかもしれないのでここで終わる。
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