8月15日という神話
名古屋市中区栄街頭における福島瑞穂・社民党党首の発言より(8月21日朝日新聞・名古屋本社版地方面)。「自民も民主も憲法9条を変えて海外派兵させることでは一緒。カレーライスかライスカレーかの違いだけだ。社民党はオムライス」。ええっと、一皮むけばまっかっかって意味かしら(挨拶)。 いや別にアカだからどうこう言う気はないけど、どうせなら皮まで赤い方が偽装表示の疑いがなくていいやな。
さて留守のあいだに終戦記念日があったのだが、中央日報(韓国)がアメリカの態度について批判している。ちょいと引用。
◇米国の応援=米国は15日、沈黙に徹した。
この日、ブッシュ大統領は米国の勝利や日本の戦争責任に対し、まったく言及しなかった。
ブッシュ大統領は5月9日、欧州勝戦60周年時のロシアで開かれた記念式に直接参加している。
米議会とマスコミも静かだった。ワシントンポストはこの日、異例的に小泉純一郎首相の再選を祈る社説まで掲載した。社説は「日本の野党はイラク撤収を公約した」とし「小泉が敗れれば米国が困る。9.11総選で、小泉の勝利を希望する」と書いている。
米議会関係者は「米国はユダヤ系影響力が強く、ナチスの蛮行は忘れずに記念する」とし「しかし太平洋戦争はロビー力が強い盟邦日本を意識して言及を回避している」と指摘した。
米下院は先月60年たって初めて太平洋戦争当時の日本の蛮行を糾弾する決議案を通過させた。しかしこの事実を報道した米国マスコミはほとんどなかった。
いやあなたそれはアメリカのVJデー(対日戦勝記念日)は9月2日だからだと思うぞ。元々ポツダム宣言受諾を連合国に通告したのは8月14日、それを受けた軍への停戦命令は16日、戦艦ミズーリ艦上における降伏文書調印(公式の降伏)は9月2日。8月15日は昭和天皇による玉音放送という率直に言えば日本国民以外にとって割とどうでもいいイベントの日であって、いやそれどころか日本でも占領期における「8月15日」と「9月2日」のせめぎあいからやがて現在の終戦記念日が生まれ、それを支える玉音放送の記憶と証拠が創作されていく……という話は佐藤卓己『八月十五日の神話』に詳しいのである((著者からではない)いただきもの。ありがとうございます)。
この本、もちろん著者は過去の事実の存在に疑いなど抱いていないのではあるが、しかしその事実をどう語るかに関する集合的な「歴史物語り」がさまざまな理由によって形成され、今度はそれを規準として個々人の記憶である「過去物語り」が裁かれたり、「証拠」が発見されるようになっていくという事態を明らかにしたものと、私のような人間には読める。軍需工場で女学生が特攻機を前に必勝を祈るポーズが玉音放送を聞いた悲しみに泣き崩れるエピソードへと化けていった(のではないかと考えられる)写真など、この好例である。歴史とはそのように物語られるものであり、そうでしかあり得ず、それは政治的立場の左右や加害・被害の別によって異なるものでもない。証言の特権的なリアリティを主張する理論は、実はその背後にある集合的な歴史物語りを無根拠に優越させようとすることになる……というような話を「規則とその意味」の補論ではしたわけです。本当に補論なので誰が気付いてるんだろうという話もあるわけですがええ。
そもそも8月15日に特別の意味を感じること自体が日本的な価値観なのだが、記者はその根拠も、それが他の国とは違うかもしれないということも、考えてみたことがないようである(イギリスのVJ Dayは8月15日だが、佐藤氏はこの理由を「不明」としている。また中国は以前のソ連標準「9月3日」から、おそらくは戦争責任問題の政治化のために日本標準「8月15日」へとシフトしつつあり、佐藤氏はこれについて「旧『大東亜共栄圏』諸国が日本標準の8月15日を採用することは、歴史の共有と考えることもできようか」と皮肉っている)。また、文中に登場する「太平洋戦争当時の日本の蛮行を糾弾する決議案」というのも一応目を通したが、どうも例年可決しているらしい戦勝記念決議であって特に蛮行を糾弾しているらしい部分もなく、「初めて」のものでもないようである。知識不足を陰謀論で糊塗しているようなこの記事を書いているのが韓国三大新聞のワシントン特派員であることを考えるとひとごとながら心配になってくるわけだが、まあ傍目八目に過ぎないような気もしてもにょもにょ。
- 佐藤卓己『八月十五日の神話: 終戦記念日のメディア学』ちくま新書、筑摩書房、2005。
Trackback(3)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 8月15日という神話
DSL開通はまだだが、プロテクトのかかっていないネットワークが見つかったので、早速便乗させていただく。これならあわててDSL申し込む必要なかったかも。 さて、タイトルは選挙 続きを読む
■きょうは、韓国では、「10・26事件」として記憶されている。■四半世紀ちょっとまえ、当時の韓国大統領パク・チョンヒ(朴正煕)が、大統領府警護室長とともにキム・ジェギュ(金 続きを読む
■きょうは、韓国では、「10・26事件」として記憶されている。■四半世紀ちょっとまえ、当時の韓国大統領パク・チョンヒ(朴正煕)が、大統領府警護室長とともにキム・ジェギュ(金 続きを読む
Write Your Comment