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難問(本編)
何かと言うと内田先生のblogを読むべきか読まざるべきかという話。政治経済と関係のない話はさすがと思うのだが、特に中国韓国が絡んだときの話というのはほぼ読むに耐えない。今回もまあそういう話で、いや出発点は正しかったと思うのにどうしてこうなってしまうのか。結局ある種のオリエンタリズムなんだな、というのが暫定的な結論なのだが。なお補足は次エントリにて。
さて出発点は、何故小泉総理が靖国参拝問題でこのような態度を取るのかという問題。これについて感情論で云々しても始まらないのであって国益の観点で考えようという話は、まったく正しい(*1)。これについてはまずbewaad氏が「当代江北日記」のJonah氏の記述を引いてコメントしている通り、「胡錦涛国家主席が失脚するとすれば『小日本』に対して軟弱であるという理由で党内基盤を失うから」なので、結果としては対日強硬派政権の樹立につながる可能性が高いということが想定される。すると問題は、にもかかわらずそのような政策を推進するのは何故かという形になる。もちろん「小泉総理が馬鹿なので」という解答案は論理的にありえ、現にそういうモノイイをしている人もいるわけだが、それは第一にいつでもどこでも使える万能の解答であってつまり検証可能性を持たず、つうか「じゃあ馬鹿じゃないってのはどういうことですか?」と反証条件を確認すると結局「私の意見を受け入れること」でしかなかったりするのでしょうもない。第二にその「馬鹿」が高い支持率を誇る政権を比較的長期にわたって維持できている理由が判然としないのでやはりしょうもない。というわけで背景に合理的に説明できる要因があると想定してそれが何かを考えてみると、とりあえず簡単には三つほど思いつく。
第一。総理は国民の感情的な動員を狙っており、当該政策の結果として失われるさまざまな利益よりも当面の影響(例えば政権に対する注目度・支持率の上昇)がより価値が高いと考えている。これは日本が民主主義国家であることを考慮すれば十分に合理的な選択であり得る。すでに何度か述べている通り民主主義国家における政権担当者は(1)国民個々の資源分布状況(ここで資源には単なる経済的利益のみならず治安や安全保障など経済的利益が侵害されない利益を含む)で示される国家全体のパフォーマンスだけでなく、(2)政権運営に対する国民の信頼・評価を調達する必要がある。何故なら、パフォーマンス実現に成功したとしてもその成果が選挙の時点でまだ国民に認識されていないとか、あるいは政権運営以外の要素に帰責されているなどの理由で(2)に結びつかないと、それ以降の政権を担当することができないからである。そして政権を喪失した場合に新政権が旧政権の政策を継承する必然性はないから、(1)を向上するための長期的な計画を実行するためには普段からある程度の、そしてクリティカルな時点においては相当多数の(2)を調達する必要がある。従って、短期的な選択が長期的利益をある程度毀損するとしても、それによって維持された政権がより大きな長期的利益をもたらす政策を実現できるなら、その選択は合理的である。
第二。総理は国際的な日本の評価向上(によって得られる利益)を狙っており、それが当該政策によって失われる中国(およびいくつかの国)の評価より価値が高いと考えている。これはより正確には、中国の評価下落による相対的な向上であるかもしれない(このことは第一点にも民主党や自民党橋本派の政治家たちを対象として当てはまる)。問題を顕在化させないという選択肢は、双方に対して得点を(失点も)もたらさない。一方、ある明確な態度を示した場合には相手方もそれを無視することができず、一定の明確な対応を取る必要が生じるだろう。そこで相手方の取る選択肢に対する第三者たちの評価が、自分のそれに対するものよりも低くなることが十分に期待できるならば、両者が対抗的である場合、そのような選択肢は合理的であり得る。この点に関し、靖国参拝の国際的評価は不明確だが中国側の反応に対する評価は明らかに低いと言えるだろう。前者は国際法上まったく問題であるとは言えず、あるとして国内法的問題にとどまる(従って大多数の国家にとってどうでもいい)のに対し、後者は外国公館の安全が侵害されるという国際法上の問題に発展し、しかも中国政府がその責任を回避しているからである(現に複数の国の報道でこの点は問題視されている)(*2)。
第三。総理は中国の現政権に対して親和的な政策を取ったとしても、それに対する報酬(として相手方も親和的な政策を取ること)が期待できないと判断している。これには(1)中国側の取り得る選択肢はいずれにせよ(他の諸事情で)制約されており自由度は低いというものと、(2)胡錦涛政権はいずれにせよ維持不能であり早晩交代を迫られるという二種類が考えられる。親和的な政策を取るということは、別の言い方をすれば善意の贈与である。以前のエントリで料理について語ったことが意図せずに含んでいた秩序論上の意味についてはよこはま氏の指摘される通りであるが(いや意図してなかったんですよ本当に)、善意の贈与が返礼によって報いられるためには相手に善意への感受性があり、かつ相手が存在し続けていることが必要である。どちらかの条件が成立しないと想定できるのであれば、それに対する善意の贈与を差し控えるのは(一定のコストが必要となる以上)合理的である。
さてもちろん問題はこれらの想定が当たっているのかどうか、当たっているとしてどれが当たっているのかにある。もちろん各選択肢は排他的ではない。仮に胡錦涛政権が風前の灯火であると予想されていれば、あとはその死をいかに国内政治・国際政治的に利用するかという議論に展開するだろう。さらに勘ぐる。他国において政権交代が発生した場合に現地進出した日本企業が大きな不利益を被る可能性があるとして、その際にはあらかじめ民間の投資を抑制することが国全体でのパフォーマンス増進に有益であるが、日本政府はそのような判断を各民間企業に直接強制する手段を持っておらず、また相手国の現政権が崩壊するという予測を公式に表明すれば大問題になるだろうから、どのような手段を選び得るかが問題になる。仮にまったく別の問題をあえてズームアップすることによって投資環境を悪化させ、あるいは各民間企業の投資環境に関する予測をネガティブに誘導することができるとしたら、そのような手段を選んだ政治家は「経済関係に悪影響を与える」と批判する企業家の発言に内心腹を抱えて笑っているかもしれない。これが当たっているとは自分でも思わないというか、思いたくないのだが(まあ普通に考えてアンオフィシャルな情報流通回路の方がより機能的に動作するだろうし)、しかし特に政権を担当しているクラスの政治家の行動を論じるならこの程度の読み筋は必要なんじゃないか、とは思うわけである。つづく。
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初投稿させて頂きます。
想定されております要因が、中国にも形を変えて当てはまりそうなのが非常に嫌で良いですね。
第一の政権安定は言うまでも無く、第二の要因はアジア(と言うより米国勢力圏外)での発言力の強化として成立するでしょう。現に反日デモが始まって以来お隣の(略)
そして第三の要因についても、(1)の「中国」を「日本」、(2)の胡錦涛政権を小泉政権に置換できます。
中国もまた合理的な要因の上に靖国参拝問題を持ち出しているのでしょうね。
現在の状況は理想的な関係であり、互いに合理的な選択を取っている。
故に、今後も日中は仲良く喧嘩をし続け、破断界に達するまで順調に関係は悪化しその見返りに国内は安定する。
途中で和解を提案した方に蓄積された負荷が雪崩落ちてくるチキンレースと申しますか血を吐きながら続けるマラソンと申しますか。
他人事なら見ていて面白いのですが。
>紅氏
やあ(でいいんだよね)。まあその、外交なんて基本的にチキンレースであるわけですので互いのvulnerabilityの読み合いが鍵なわけで、中国の政治家たちも相当に合理的であることは予想できるわけですから(韓国については今ちょっと***Deleted for the Security Reasons***)、対照関係はあるでしょうね。
で、結局どうなるかと言えばわかりませんが、中国は民主的正統性をあまり気にしないでいいというメリットを持つ一方で国内世論の硬直性が高いようであり、また共産党内部の対抗関係が激しい模様。日本は選挙という構造的な弱点を持つわけだが現状でポスト小泉の選択肢が弱いため政権の安定度が高いようにも見える。
どっちにしろ巻き込まれるなら何に巻き込まれてるのかくらい知っておきたいよなとは思うわけですが、それにしてもM前総長の「どうせ文科省の手のひらの上で踊らされるのなら、上手に踊りきってみせる」(大意)ってえ発言は傑作だったよなと。