過去問集の利益

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「赤本」の版元が著作権侵害で訴えられたというニュースがあったわけです(例えばasahi.com「入試の「赤本」真っ青?著作権クレーム 損害賠償訴訟」)。 ご存じの通り「赤本」といえば大学入試の過去問集ですが、各大学の過去問で利用されている著作物(の一部)は赤本にも当然掲載されている。これが著作権の侵害にあたるとして利用料の支払いを求められたわけです。

これに関して、過去問集は教育上必要なのだし、問題に利用された範囲のものが本来の著作物の代替とはならないから売り上げ等にも影響を及ぼさないはずで被害はなく、結局欲に目がくらんでいるだけじゃないかと主張しておられる人がいるわけです。え~ずいぶん単純化しちゃってるけどそれでいいのかなあ。

著作権の問題に関して言うと、「俺のものだから勝手に使うな」(許諾を得ろ)という主張と、「俺のものだから使ったら金を払え」という主張をきちんと区別して考えないといけない。で、後者はすべての問題が揃っていないと過去問集として意味がないという事柄と矛盾するか。もちろんそうではない。原告たちが「そもそも過去問集などに利用されるのが不愉快なのであって金をいくら出されようと許諾するつもりはない」と言っているなら確かに教育的配慮を欠いていると思うが、適切な利用料を支払うべきだという主張は妥当ではないのか。

と言うのには二つ理由があって、第一に作者に「教育的配慮」の名のもとに我慢させると誰が得をするかというと、過去問の出版社である。出版社というのは一般的に著作者に適切なペイを支払い、そのコストを考慮した上で商売を成り立たせるものなのだが、内容に教育的意義があるとかいうだけの理由で何故かそれが免除されたとして、その部分が社会的に還元される保証はどこにもない。当の出版社の経営状況を知るわけではないから断言はしないが、しかしそもそも入試に利用された著作物云々以前に入試問題自体が大学の著作物なのだが、これの著作権料はくれない。入試ミスが新聞沙汰になって騒がれる昨今、問題を作っては二重三重にチェックしている側からするとずいぶん仕入れの安いご商売でござんすねえとは言いたくなるところである(念のために言うと、安価な仕入れで確保した利益を使ってあまり売れ行きの良くない大学の赤本もきちんと出しているという性格もあるわけで、単純に悪く言いたくはないがしかし多分ウチはその構造の受益者ではないのですよええ)。そりゃ著作者の利益を確保してもインセンティブ効果が低いケースかもしれないが、逆にそれを否定すれば社会的便益が高まる、と何故言えるのか。

第二に、我々が入試問題に使うときにはもちろん事前許諾をもらわないわけだが(主として秘密保持の観点からではないかと思うが著作権法36条1項参照)、利用料はあとから支払っている。そう大した金額ではないと聞くが、私の著作物が使われたことはまだないので具体的には知らない。ここからも許諾の問題と利益の問題は別だということが言えるだろうし、利益を得る目的で使っているのではない大学が利用料を支払うのに、そこから経済的利益を得ようとする過去問の出版社が何故それを免れるのかという疑問は当然に出てくるのではないか。

つうかですね、統一的な権利処理団体がないので事前許諾を得ようとすると大変というのは確かにそうなんだけど、それはそういう団体を作るとか、利用料の基準を作って広範囲に合意を得るとかいう手法で解決すべき問題だと思うわけですよ。手続きが大変だからって本来の権利を否定してどうする。そもそもほとんどの出版社はどんなに大変だろうがそういう処理をして本を出しているわけで(少なくとも権利者側が文句を言わない程度には事前に合意形成を行なっているわけで――と書くのは日本の出版界では本を出してから出版契約にサインするケースが相当多いからなのだが)、「面倒なんでとりあえず出版しちゃいましたけど利用料は払いません、てへ」なんてファンキーな会社は……まあ一部にそういう伝説を聞かないではないが普通はない。ないと思う。多分ないんじゃないかな。もしかしたらあるかもしれないけど、まあちょっと覚悟はしておけ。そういう話を噂とか誇張混じりでも聞いたことがあるのはwhite nightとかbambooとか倒産前のcontinentalとか、まあつまり規制相手の鉄火場商売やってるとこなんで教育関係の出版と一緒にしちゃいかんと思うし、たとえ日本の出版界の慣行が法的にはぐだぐだであったとしても(相当に事実だが)、それがあらゆる不法行為に対する免罪符にはならんよなと。

で。そういういろいろな配慮を抜きにしてとにかく原告の側を断罪してみせるというのは、逆に断罪する人の視野の狭さを物語るのではないかと思うところはあるわけです。具体的な事件について一般的に語るのは難しいんだけどねという自戒も込めて。

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