情報社会学(若手)研究会
わあ、なんだなんだ。伊藤明弘だったら大好きですが多分そういう話ではないよねえ。
さてそろそろ頭脳労働者に戻りたいので(引越が済むまでは無理か?)リハビリをすべく情報社会学(若手)研究会へ。
相変らず六本木の地理がわからないままGlocomへ。乃木坂からの道は覚えました。今回は2部構成で、まず経産研/Glocomの澁川さんによる「政策ブログ」の話。なんでも経産省の情報ユニットで、政策提言をまとめたレポートをもとにして現役官僚が実名でblogを開設、コメント・トラックバック歓迎という企画をやったそうで(2004年10月〜12月)、その報告と検討。従来の「審議会・業界ヒアリング・パブリックコメント」という意見集約手法にもう一つ選択肢を加えたというのが基本的な評価だろう。
テクニカルな点ではいろいろ注意すべきところがあるのではないかと思うのだが、特に(1)情報関係のように変化が激しくて審議会etc.ではペースが合わない場合、(2)十分な知識を持つ専門家が年齢的に若いか分散しており従来の人脈では有効に組織できない場合で、かつ(3)問題が一般社会において強い関心を集めていない場合には有効なのではないか。(3)は例えば、原子力政策の是非とか北朝鮮制裁問題とかを対象にすると収拾つかないよねえという話。それと私としては、従来から実際には政策決定を行なっていたにも関わらず国民からの直接的な統制の契機を欠いていた「行政」という分野にaccountabilityの要素が入る(しかも本人たちのきちんとした反論可能性を担保した形で)というのが面白いなと思う。
blogという舞台の性質(そこだけを見る限り「主役」が明確)を考えると、有効な使い方というのはおそらく8〜9割方固まった腹案を公開してコメントetc.を求めるというものだろうし、その過程がopenになってしまうことを考えても経産省のような「企画型官庁」以外に広がるのか、というと疑問かもしれない。しかしとりあえず面白そうな話なのでちょっと気にしていよう。
もう一つの話題は例のEPIC2014(flash Movie, in English)というやつで、つまり「2014年からメディアの発展(変化)を回顧する」という形式の仮想歴史です(ナレーションの日本語訳を作ったえらいひとはこちら)。あれだな、Edward Bellarmy, Looking Backward (1888)的な様式つうか。
Amazon.comの「読者の需要を先取りする『おすすめ』recommendationシステム」と、Googleの「大規模ストレージ」(gmail)「全文検索システム」が結合することによって、ネット上に集積されたあらゆる情報から読者の望むものを自動生成する……という未来像で、そのシステム(EPIC)を生み出したGooglezonと、従来型メディアの代表として登場するNew York Timesの対立というのが主旋律。まあ詳細は実物をご覧ありたし。
一見しての印象というか、提示された未来像というのはつまりテッド・ネルソンのXanaduであって、料金徴収システムのところを広告収入で置き換えるのが新しいかなというくらい(この点、しかし向こうからリコメンドしてくれるんだから広告は機能しなくなるよねえ(意訳)という公文先生の指摘は正しい)。で、あとはアナキズム問題と同じだなと私は思った。より正確にはanarcho capitalismとかlibertalianismにおける、政府(強制力)なしに機能する市場は可能か? という問題。まあメディアをめぐる問題を「情報財の流通」と捉えれば(という視点を私はずっと展開してきたつもりでいるのだが)、直接民主政とか「参加型メディア」の可能性に関する議論が、人々の自発的な交換のみによって市場が機能するかという問題のパラレルになるのは自明ではある。
でまあ私の議論というのも同じことであって、つまりauthentificationというか情報の正当性保証をめぐってコストがインフレーションを起こすとか、hate speechなどを規制する効率的な制度が維持できなくなる(これは「digital empowerment」論文の論点)という問題が指摘されるだろうと。個人的なスタンスをあまりはっきりとは言わなかったので補足すると、もちろん私はこういう「参加型ジャーナリズム」というか「ネットワーク・コミュニケーション」のみから成立する社会の可能性については否定的だし妥当性についてはさらに悲観的だが、しかし従来のようなメディアによるボトルネックの独占も維持できなくなりつつあるので、直接化しつつあるコミュニケーションの場における新たなマスメディアの位置というものを探るべきなのだな、と思っている。
鈴木謙介氏もいて(つうか彼はGlocomの研究員なので当然なのであって逆に「おまえなんでいんねん」という話なのだが本来は)このへんの話でのかけあいが、彼はどう思ったか知らんが私は非常に面白かった。帰りに新宿まで連れて行ってもらって(というか移動方向が同じだったので六本木の地理のわからない私が彼の動く方向についていっただけなのだが)少し話をして、脳が元気になった感じ。いや最近めっきり肉体労働者でして。宮台先生の評価をちと修正せんといかんなと思った。
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>「参加型ジャーナリズム」というか「ネットワーク・コミュニケーション」のみから成立する社会の可能性について
全面的に肯定している人がいるのでしょうか。ポインタ希望。