新聞関係雑感
「古代米」なるものを炊いてみたところ、なんか本当に紫色の物体ができちゃったので記念撮影。もち米みたいに少し粘っていて、混ざっている緑豆の香りがしますが、味は変ではないです。軽く甘味が出て、これだけで食べてもいけるかな。アントシアニンの味がするかも(どんなんや)。
広島出張からデジカメを替えました。Panasonic DMC-FX7です。いや軽いし500万画素だし2.5インチ液晶付きだしマクロも寄れるしと良いことづくめなのですが、光学ファインダがないのだけは慣れませんわ、元銀塩屋としては。
- けっこう面白かった。美濃口坦「欧州どまんなか: 憲法による世直し運動」(asahi.com)。改憲派も護憲派も、憲法を変えたら世の中が変わると思ってるけど、それって憲法フェティシズムじゃねえの(意訳)という話。いやもちろん手続法や組織法は確実に影響を及ぼすわけだが、「家族は大事だよ〜」とか言うだけで何かが起きるわけはない。カネがなければ権利はあっても命がありませんというのと同じ話ですな。まあプログラム規定とかいう口上もあるけど。
- まあ私自身は、手続や組織というテクニカルな部分でも現行憲法はダメダメなので書き直せという立場なので(中身について言いたいことがないわけではないが)、この議論には賛成できる。理想に過ぎないと言われるだろうが、憲法くらいは普通の人が普通に読んで理解できるものであるべきだと考えているので、長谷部先生みたいに「どうせ専門家が解釈するもんなんだからシロウトへのわかりやすさなんてどうだっていいんだよ、ケッ」(超訳)みたいに言うのもどうかなあと。
そういうのは法学部の内側でだけ教えればいいことであっていやいやいや。 - 毎日新聞(まで)が「始めたらちゃんとケリつけてから終わらせろ」(意訳)みたいな意見を言いはじめたことが気にいらない人がいるみたいですな(社説・サマワと日本 「緊密さの罠」に陥らない知恵を出せ)。三大新聞はもう自殺してしまったのであって、これからの希望は地方紙だとか言ってる人もいます。ACnet Newsletterは最近blogなんかに載っているこういうダメネタを丹念に拾ってきてくれるので便利ですね。いや、送ってくる側の意識はきっと違うんだろうけど。
- なんでダメかというとそれって単に共同通信じゃねえかという話もあるわけですが、それでまたそれをブログジャーナルを志向する市民ライターが補完するのだとか書いてあって生温い笑いをかきたててくれるわけですが、まあ置いておいて。最大の問題はやっぱり、自分(たち)への疑問がないことでしょうなあ。大新聞の論調が揃って転換しつつあり、それが自らの支持する意見と異なるという事実認識が正しいとしても、その事態の評価は(a)私が正しく新聞が間違い、(b)新聞が正しく私が間違い、の二通りあるはずである。普通はそこで、(b1)各新聞は独立して意志決定を行なっているので各社が一致してある判断をしているならその確実性は高い、(b2)新聞記者は取材や分析を仕事としてやっている集団であるから普通人よりは判断が正しい可能性が高い、くらいの考慮から(b)が正しいと推定し、しかし各社に共通の利害があったり(eg. 再販問題)、私の方が専門に近いと高い確実性で言える場合には(eg. Winny問題)この推定を覆すこともあり得べしとか思うわけですが、(a)説を取る人の多くはこのような考慮すら行なった気配がないことは注目に値すると思うわけである。だいたい経済ニュースは日経新聞と提携しておけば万全とか書くあたりでドシロウトだし。
- 念のために言うとこの種の確信は、いわゆる左派の人々に特有のものではない。たとえば「小泉政権は北朝鮮との国交回復を急いでいる」という認識をしている人々は、左派にも(eg. 山本夜羽音氏)、いわゆる右派にもいる(eg. 勝谷誠彦氏)。そしてその背景にあるのが「利権」だという見解を、山本氏は慎重に紹介し、一方勝谷氏は完全に肯定してモノを書いている。
- ここで山本氏の留保の理由が、それが「キレイすぎる推理」だと述べている点に気をつけておきたい。そもそも氏の疑念は、小泉首相に対するある種の評価に基いている。小泉氏がポピュリストであり、世論を引きつけることに(は)長けているという相手の技能と合理性に対する信頼のもとに、にもかかわらず北朝鮮問題でこうなるのは何故かという疑問は成立する。もちろん山本氏は小泉政権とさまざまな問題に関する結論を共有することはできないだろうが、しかし相手のある種の能力は認めているわけだ。利権という解が、その相手のすることにしてはシンプルすぎるという疑いもまた同様である。
- 一方勝谷氏にとって小泉首相は「狗」であり、犬のすることに利益以外の深い理由があるわけはないという考え方は、こと拉致問題に関しては一貫している。他者の合理性に対する信頼、逆に言うと自分の認識が誰かの思惑に操作された不十分なものではないかという疑いの有無が、両者を分かつものだろう。この点に関しては山本氏の方が明らかに上だと私は思う(私に褒められて山本氏が喜ぶかどうかは知らないが)。
- 疑うことをやめたとき、堕落がはじまる。まあ書きながらつくづく私は懐疑論の人なのだなあと思うわけですが。
補足。asahi.comのコラムの中では岩城元「ハルピン発なんのこっちゃ」と松尾慈子「漫画偏愛主義」がお気に入りです。中国人って面白いねえというのは谷崎光『中国てなもんや商社』なんかでも思っていたのですが、この岩城さんの筆もいい。ちなみに横断歩道の渡り方はベトナムでもほぼ同様でして、最初に行くときにM先生から「くれぐれも気を付けるように、無事に渡れるようになったら一人前」とかアドバイスされたものですが、なんか最初の日から当たり前のように横断できる自分の育ちの悪さがつくづくこう。松尾さんは現在名古屋本社ご勤務で、地方版で同連載の別バージョンを掲載中です。ちょっとお得な気分。
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こんにちは。
どうして、憲法のことにしろ勝谷氏のことにしろ、私がふだん漠然と思っていること・考えていることを見事に文章で表現するんですか(うれし涙)。
どうして、それが自分にできない不甲斐なさで、私を自己嫌悪に陥れるようなことをするんですか(くやし涙)。
というわけで、こんなエントリーを書けるおおやさんが好きです(告白)。
あ、ちょっと誤解を生むかもしれないので「尊敬します」に訂正。
最近の「○○したら世の中が変わる」の筆頭はなんといっても「政権交代」ですかね。
アノ方の名言…あ、いや迷言が、今年の流行語大賞とったらいいなあ(嘘)。
ちなみに私も漫画大好きなので、松尾さんの本棚は是非見てみたいですね。退職後は「漫画喫茶」でも開けそう…。
DMC-FX7は、おおやさんの挙げられていた点も大きいメリットなのですが、なにより手ブレ補正が素人にはありがたいのだろうと思うのです。うちは、CanonのPowerShotS1ISを使ってますが、これも手ブレ補正付きで重宝してます。結構な数の手ブレがこれで救われてる感じです。
小さいサイズのを持っていなかったらFX7を衝動買いしてたかもしれませぬ。FX7を実際に使ったことがあるわけではないので何から何まで肯定するというわけにもいかないのですが、これだけの機能をこれだけの容積に押し込む技術は、似たような仕事をしている身としては称賛せざるをえないという側面もあります。
ときに、FX7の前は何をお使いだったんでしょう。ちょいと興味ありますです。
>spicaさん
えっへっへ、褒めると図に乗りますよ(にこにこ)。
松尾さんも読んだ本全部もってるのかなあ。いや本ってえのも買うのにかかる金より、しまっておく場所を確保するために必要な費用の方がよっぽど高いですからねえ。ちなみにウチは一部屋本棚に占拠されてます。山が。
>otiak氏
手ぶれ補正は有効だと思うんですが、しかし光学ファインダがあれば両手と顔で固定できるので最初からいらねえよなとも思うわけで。手先だけで持つ不安定なアーキテクチャにしたことの代償というか、よく考えられた組み合わせだとは思うんですがね。
FX7の前は、ちゃんとした写真をデジカメで撮影する気がほとんどなかったので、携帯性だけを重視してCasioのExilim EX-S1でした。たいして変わらないサイズでFX7ができたかと思うと、すごいねえ。