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米大統領選挙雑感
ケリー候補が敗北を認めたということで前回のような混乱は回避され、ブッシュ再選確定の模様。というか上院・下院とも共和党が議席数を伸ばして多数派を確保しており、民主党上院院内総務のダシュル議員まで落選するなど、共和党の完勝と言えそうな結果に終わったみたい。
- オハイオの暫定投票の集計問題を持ち出す人もいたけど、両者の得票差が約13万5千票。暫定投票の数が17万5千票では、逆転の可能性はほとんどない。前回のフロリダほど微妙な問題ではないということだろう。レンキスト最高裁長官の健康状態が悪くて職務復帰が遅れるなんてニュースがちょうど流れたところだったので、本気で混乱したらどうなることかと思っていたのだが。
- 私自身は消極的なブッシュ支持、というよりはケリーやや不支持という立場だったので、とりあえずこの結果に不満ではない。政治の世界でも知性や理性が重視されるべきだと思っているし、国際協調主義が基本的には望ましいと考えている私としては、もちろんブッシュ政権のイラク介入などを積極的に支持するわけはないのである。しかし国際協調が人権より重いなどとは毛頭考えないし、国連が権威のある信頼できる機関だとはこれっぽっちも思っていないし、内部の不公正な分配に手出ししないまま外側から真綿で首を絞め上げる経済制裁という手段が人道的だとも感じない以上、アメリカが突出する形での直接介入という以外の選択肢があったのかと言われると非常に悩む。というわけで消極的ながら支持せざるを得ないかと。
- 一方ケリー氏に対しては積極的な不支持の理由があった。第一は彼の外交政策は国際協調主義でも何でもないという点。イラク政策は「さっさと撤退して他の国に任せる」というものなので、自国のしでかしたことの責任を取ろうとすらしていない。同じボートに乗ってしまった国としてはたまったものではないわけで、これのどこが協調なのかと。北朝鮮についても六ヶ国協議ではなく直接対話だというのだから、むしろ単独行動主義に近い。どちらにしても日本としては支持できないというか、自衛隊派遣を批判しながらケリー支持してるやつらアタマワルすぎ、ということになる。この点では、イラク戦争は批判するがアメリカは責任を持って国家再建までコミットすべきだという我が師匠の意見の方が筋が通っている(いやもちろん私が「どうやって」とツッコミを入れたわけではあるのですが)。
- 第二の理由は経済政策で、どう考えても保護主義でまたlong arm actとかわけわかんないことやってきそうだし、エドワーズ氏に象徴されるような法廷弁護士の勢力が増せば標的になるのは日本企業に決まってるわけで。せっかく景気も上向いてきたのにそんなムシられ方してたまるか、と思うわけですよ。
- とまあこの問題については、(1)アメリカ人だったらどうか、(2)アメリカの影響を強く受ける日本の国民としてはどうか、(3)アメリカを含む世界の中の人間としてはどうか、というレベルで利害関係が錯綜するところがあるわけで、なかなか「これが正しい」とは単純に言いにくい。もちろんそれぞれのレベルはさらに水平に分けることができるだろうし(eg. 某州民としての利害と某市民としてのそれは食い違うかもしれない)、個々人によって違うだろう(eg. 石油産業に従事しているのか、弁護士なのか)。どう言うにせよ苦笑いせざるを得ない、という感じ。
- 話は変わるが、「どうしちゃったんだろう、この人」と思う人、というのがいる。昔はあんなに切れ者だったり優秀だったり愉快だったりしたのに、いまは何ともはや、という。私にとってはその代表格が宮台真司先生だったりするのだが、最近やはりタメイキをついているのが町山智浩氏。と言ってわかるのかなあ、映画評論家で昔はガース柳下氏と組んでバカをやっていたりして(まあ自分たちで「ファビュラス・バーカー・ボーイズ」とか名乗ってたんだから文句も言うまい、それとも今もやってるのかなあ)、その後アメリカに移住した人。はてなで日記を書いていて最近は大統領選挙の話題が中心だったのだが、まあすごいポラライズの嵐。アメリカがブッシュを選ぶべきでないのは「中学生程度の理解力があれば誰でもわかる」んですってよ、奥様。で「それはポラライズし過ぎじゃないですか」(意訳)とツッコまれたら逆ギレしてるし。あ〜あのウェイン町山はどこ行っちゃったんだよう。コメント欄も同じように余裕のない奴が群れていて非常に香ばしい。相手したくないのでリンクは張らないからそのように。
- でだ。今回なぜ共和党が勝ったのかというのは今後ゆっくり分析されることだろうし、むなぐるま氏もさまざまな考え方を伝えていてくれることなので参照願うとして、しかしとにかく民主党の選挙戦略が外れたということは確実のようである。すでに指摘されているのは、(1)掘り起こしたはずの若年層の投票率が伸びなかった、(2)マイノリティ・貧困層の票を掘り起こしたら、思ったほど民主党に流れなかった、という二点か。(1)については「全体の10パーセントにもならなかった」と町山氏は書いているが、これは全投票者に対して18〜24歳の占める割合が10%未満という意味なので、有権者人口に占める当該世代の人口比率と比較しないと何の意味もない数字だな、おい。決してその世代の投票率が一桁だったという意味ではないので注意されたい。まあ思ったより伸びなかったのは本当なんだろうけど。
- (2)の方。とにかく伝統的に民主党の票田だと思われていたマイノリティなどのあいだで、実は共和党支持が結構強かった模様。町山氏の意見を要約すると、「中学生でもブッシュがダメなのはわかる → しかるにブッシュ優勢 → 奴らは宗教に染まってる中学生以下の頭脳の持ち主」ということになる。ええっと、だからじゃないかなあ、彼らが民主党を支持しないのって。
- つまりここには、「お前ら愚民、俺エリート。お前ら自分にとって何が本当にトクかわかってねえだろう。俺がお前らのために考えてやるから、支持しなさい」という図式がある。典型的なパターナリズムだね。しかしその「エリート」氏の頭の中にある「弱者の利害」と、その「弱者」たちの本当の利害が一致しているという保証はない。むしろここで一括して扱われている「弱者」もその中身は多様であって、さっき言ったようにレベルや個々人の位置によってその利害は異なるだろう。そういう細かいポイントを全部すっとばして「これが真理、これに従え」で、どれだけの人数の支持が集められるというのか、と。しかもその「俺が正しい」の中身がanyone, but Bushだけなんじゃねえ。
- ところで「19歳の何も知らない若造は投票に行くな」ってのはそんなにおかしな主張かね。政治に「正しい結論」があるのならむしろ、その正しさが何かわからない人間は(何歳だろうが)投票に行かない方がいいんじゃないのかね。普遍主義者たる我が師匠は政治に積極的にコミットしようとしない人間は参加させない方が良いという趣旨のことも言っていたよ。その次にコミットした人間に責任を取らせるために投票は記名制でとか言い出すあたりが何とも非現実的で魅力的なんだけどさ。町山氏のはそこまでの覚悟もない。何も知らない若造は政権獲得の道具として1票を入れに行けば役目は終わり、あとはエリート様が「正しい政治」を実現してくださるってことかね。あ、あと「大統領就任式には4年前以上、NYの共和党大会に集まった40万人以上のプロテスターがワシントンに集まるだろう。/彼らはブッシュの乗るリムジンを今度こそは何が何でも阻止するだろう。/ロドニー・キングのロス暴動以上の事態になる可能性がある。」ってのは民主政の完全な否定ですな。たまたま都会に住んでる40万人には全市民の過半数の得票を覆す権利があるんだ、ふ〜ん。
- ええと、まあいいや。つまりこういうコアな、しかしその実あまり積極的な主張はないliberalたちが、中道の人々をむしろ共和党側へと追いやる機能を果たしたのではないか、実は再選の大功労者マイケル・ムーア? という話。民主党の路線(アピールしていく魅力と標的にする有権者層)の再定義という議論が浮上してくるんだろうなあ。大ダメージのあとだから、大変そうだけど(エドワーズ氏も改選対象になっていた上院では立候補しなかったので、議席喪失)。
- 補足。「大統領選挙はなぜ全土での得票率で決める制度じゃないのか?」……放っておいてやれよ、いや私も不思議ではあるけど。まあ歴史的には、交通手段が発達していなくて全国一斉の直接選挙が実施不能だった時代に制定された間接選挙制度の名残りとか、いや間接選挙の背景にあるのは大衆の判断能力への不信感だとか(これは制定された当時を考えればあって当然)、一個の巨大な国家であると同時に50の対等な州の連合体であるという矛盾した性質の妥協点とか、いろいろ説明のしようはある。なんでそんな昔の制度をそのまま放ってあるかというのは、私なら「戦争に負けてないから」と答えるところだが(cf. 大屋雄裕「英国について私の知っている二・三の事柄: 英国の法と制度について」トーキングヘッズ叢書No.15)、イギリス人ともども物持ちの良い人たちだからねえ、とも思う。しかしいずれにせよ、それが不公正な結果を構造的にもたらすものであり、かつ構造的にその改正が阻止されるようなことになっていればともかく、アメリカの場合はこの制度がどっちに有利に働くかは予想できないわけだし、選挙人の選出制度を決めるのは州議会の権限で実際に改正も可能なんだから(今回
オレゴンコロラドで改正案が投票に実際にかかっている)、本人たちがこの方法で良いと思って選んでるなら本人たちの良いようにさせるのが民主主義ってもんである。(追記: 改正の投票やってたのはオレゴンじゃなくてコロラドでした。はずかし〜い。) - 選挙人の数がタイだったときに下院での投票になることや裁判所が選挙に対して一定のコントロールを持っていること(ついでに最高裁が5:4で保守優位になっていること)に文句つけてるやつとかさあ、そこまで含んでの民主主義プロセスだっての。アメリカは政権交代のあるシステムなんだから、民主党政権のときにはリベラルの判事を増やそうとしたでしょ? そういうところまで含めてアメリカ人は(全体としては)現在のシステムが「フェア」だと思ってるんだから、それに余計な口出しをしてはいかん。というかそこで抑制しておかないと、アメリカ人やイギリス人に日本の制度について口出しをされることになるよ? 「なんで全部小選挙区制じゃないんですか?」とかさ。まあそうなったら社民党が消えるだろうから私は愉快だけど。共産党は消えるには惜しいな。
- まあ「文句があったら先に言っておけ」と。その制度は不公正だと思ってるんならそもそもそんな場所で戦ってるんじゃないと。このあたりは公開講座でも述べた主張ですね。まあケリー氏はかろうじてgood loserの地点には踏み留まったようなので、民主党党勢の崩壊は避けられたでしょう。これからの再建作業が見もの、かな。
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はじめまして。
ずっとROMしておりましたが、今日はどうにもたまらず初コメントします。
今日の内容は、同感の一言です。とくに
>話は変わるが、「どうしちゃったんだろう、この人」と思う人、というのがいる。
というくだりからは、もう爆笑でした。
というのも、私も、ここ最近の町山氏のサイト及びコメント欄のやりとりを興味深く拝読しておりまして、まったく同じ感想を抱いていたからです。
今回の結果に対して、さぞ地団太を踏んでるだろうなあと思って覗いてみたら、いやー、踏んでる踏んでる(笑)。笑っちゃ悪いが、あまりにも想像どおりの反応でかなり面白かったです。
しかしまあ、会社の人間とか親類縁者といった自分の生活圏内にいる人ならいざ知らず、おそらく一生会うことはないであろう他国の政治家に、よくあんなに個人的憎悪のエネルギーを使えるものだ、と感心してしまいます。
更新楽しみにしてますので、お体ご自愛ください。
いらっしゃいませ。>spicaさん
町山氏自身はアメリカ在住でもあり、自分の運命がかかっているところもあって熱くなるのも理解できるのです。コメントの返し方なんかに余裕がなくなっているとは思いますが、デマゴーグ的な文章技巧(人身を操るという意味で、「間違った」とか「悪い」という意図は籠めていません)もうまく使ってますしね。
しかしまあ、それに同調している人たちは何だろうと思うことあり。いや中には同様にアメリカ在住の人もいるようで、そういう人にとってはシリアスな問題だろうと思うのですが、日本に住む日本人にとっては基本的に対岸の火事であり、もちろん火の粉が飛んでくるとイヤだよねえと思いつつ隣の火種が発火したときのことを考えたりとか、もうちっといろいろな立場を想定して複眼的な思考というものをしてくれてもいいんじゃないかなあと。
それにしてもあそこに乗り込んでおちょくってる人は勇気あるなあ……私ゃ相手する気にもならん。
病み上がりかけです。ところで政治における答責性を確保する制度について、いつのゼミだったか、師匠は籤引きで「選良」を選ぶことも考慮すべき、と言ったことを思い出しました。選出過程の不公正が問題にならないこともさることながら、「選良」たりうるかどうかは誰の支持の下に選ばれるかには必ずしも相関しない、という考え方が、その底流にあるように思います。私はそこまで割り切れない、というかたぶんここが権威のあり方に関して、私と師匠の間で争いがあるところなのでしょう。私は社会の中の多元的な集団が政治体の統治に必要な能力を涵養する基盤となるメリットをより積極的に評価すべきで、それゆえ誰に支持されるかはより重要だと考えます。おおや氏には(単に「根源的規約主義」的世界観の帰結以上に)答責性の確保の条件として民主制を評価する立場があると思いますが、それはどのような動機に基づくものなのでしょうか。茫漠とした書き込みですみません。
>よこはまさん
お体は大丈夫ですか。師匠がどの程度のことをお考えなのかはわかりませんが、私は(ご想像の通り)プロフェッショナリズムを重視する立場なので、たとえばアテナイのような単純な抽選制には猛反対です。
ただそうなるとプロフェッショナリズムの暴走とか傲慢とかをどうするかという問題は当然生じるわけで、その健全さを事後の・民主政を通じたコントロールに求めるということになるでしょうか。
統治能力の涵養手段としてのeg. 利益集団という点には同意しますが、それだけではポピュリズムに陥るだろうなとも思います。
はじめまして。ブログを最近見るようになった者なのですが、門外漢の法学について様々なご指摘をして下さり、大変勉強になります。ありがとうございます。大統領選について、ご指摘の点同意するところが多かったです。TBを貼らせて頂きましたが、お邪魔であれば遠慮なく削除下さい。