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想像力について(2・完)
……と思っていたところ、最大野党前党首のこんな発言を発見。
菅、おまえ理系だろ……orz.
いや大学に入った時点でどうだとか大学で学んだことがこうだというのが幻想に過ぎないことなど、法学部卒のくせに法律を知らないとのたまった現党首の発言でわかっていたことではあるはずなのですが。
ええと、もちろんリニアモーターカーなら車両自体を即座に止めることは可能であります。中の人のことは知りませんが。ていうかだから側壁の電磁石が破壊されちゃったような場合でも急停止じゃなくて乗客の安全を守るような減速度で止まれるように制御を保つ研究をやってきたんだろうに。かてて加えてパラシュートってあんた架線とか電柱とか対向車両とか。野っ原に降りんじゃねえんだよおい。
しかしなんだ、新潟自身の直後に「あい続く天災をストップさせるには昔なら元号でも変えるところだが、今必要なのは政権交代ではないか」(同「天災」2004-10-23)てえのもすごいねえ、天人相関説ですか。この時にこういうことを言われたら人がどう思うかという事柄への想像力が根本的に欠如しているとしか思えないんですが。まあそれも、小渕元総理が亡くなった直後、他党党首が(共産党を含めて)お悔やみのコメントを発表している時点で故人の政策判断を批判してみせた前々党首以来の伝統ですか。おまえら空気読め。
ついでに、まあこういう発言をするとまた眉をひそめる人も多そうな気がするわけではあるが、イラクで人質にされた青年に一番欠けていたのもこの想像力だったろうと思う(それ以外に常識とか理性とか所持金とか人生計画とかいろいろなものが欠けていたようでもあるが)。そして世界の多くの場所において愚かさへの罰は死であるというのは、冷厳な事実であるに過ぎない。それは決して日本も例外ではない。できるならば彼に自らの愚かさを悔いる機会が与えられることを願っていたが、相次ぐ台風・地震の被災者たちや、あるいは飢え行くアジアアフリカの子供たちより優先して彼に経費を使う理由は、私にはわからないとしか言いようがなかった。溢れるばかりに与えられたものを愚かさの故に投げ捨てた人間のことを、我々は悔やむべきではない。それは与えられなかった人々への最大の背信である。わからないひとには、わからないことなのだろうけれど。
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