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匹夫の勇

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すぐ前のエントリ(「大予言(1)」)で朝日新聞の主張に関し「なにか、じゃあ新潟地震が起きたら総理は新潟に行かんといかんのか」と書いた。もちろんこれはそれが正しいとはまさか考えないであろう、従って元々の主張が誤りであることがわかるという背理法を意図していたわけだ。

しかし(驚くなかれ)どうも朝日新聞では上記の主張が正しいとお考えの方が要職をお占めのようなのである。「腰の重さ」と題された論説委員によるコラム「窓」(10月29日夕刊)は、発生(23日)の翌日・翌々日に現地入りした野党党首・有名議員と比較して、小泉総理の行動を以下のように描写している。

小泉首相の現地入りはさらに1日遅い26日だった。悪天候でいったんは延期したが、思い直して自衛隊機で向かった。翌日に控えた国会の党首討論で「被災地も見ないで」と言われるのを恐れたらしい。(……)被災住民からすれば、もっと早く来て、見てほしかった、という気持ちだったろう。(「窓」2004年10月29日)

「総理は被災地に行くべきか」という問題については、kanryo氏による説明が詳しい(「霞が関官僚日記」)。端的に言えば(1)被災者や直接対処にあたっている関係者への激励効果や、政策形成に必要な情報を自ら得ることができるというプラス側の効果と、(2)視察を受け入れる側が確実に一定の資源を消費してしまう(一行の輸送・「ご説明」を含めた応対・「二重遭難」を予防するための警備措置etc.)というマイナス側の効果があり、一概には決めにくいということになる。災害の性質にもよるが、当局者が被害の把握・被害拡大の予防・遭難者の救出といった緊急性の高い作業に忙殺されている「直後」は避け、余裕が出てきたあたりで行くというのが一つのセオリーということになろう。というかこれは佐々淳行『危機管理のノウハウ』ですでに論じられている「定石」であり、そもそもまともな想像力のある人間なら気が付く話ではないだろうか。kanryo氏は今回の視察について、以下のように評価している。

視察すればいいという問題でもなかったし、視察すべきでないという問題でもなかった。行けば「パフォーマンス」と批判され、行かなければ「冷たい」と批判される。(……)総理としてもギリギリの選択だったのだろうと思う。(同「霞が関官僚日記」)

これは正解の存在しない問題である(あえて言えば「不正解」だけは存在する)。その問題に対する一つの答を取り上げて声高に批判する筆者氏は何者であるのか。さて同コラムは、ニューヨーク氏のジュリアーニ前市長が9・11テロの際に最前線で指揮していたことを取り上げ、彼が「危機管理の達人」と賞賛されていたことと対比して次のように言う。

同じ日、ブッシュ大統領は襲撃警戒を理由に半日あまり姿を隠し、「臆病」「役立たず」と批判された。

もちろん問題は、このときまだアメリカ政府にはテロの全貌がわかっていたわけではなく(まだハイジャックされて飛んでいる旅客機があるかもしれない)、またジュリアーニ氏と違ってブッシュ大統領はテロの標的として極めて魅力的だということである。というか、ちょっとでも陰謀モノの映画なり小説なりの素養があれば、(1)健在をアピールするために大統領が市民の前に姿を現わしたところをライフル狙撃、(2)同様のシチュエーションで爆薬を満載した自爆テロ用バンを突っ込ませる、(3)テレビ放送による声明か何かで所在が判明すればそこにもう一機を突入させる……くらいのストーリーはすぐに思い付くと思うんだがどうか。私見では(1)(2)(3)の順で「絵になる」お話であり、もちろんそれを許す警備陣の間抜け度が高いということになる。実際のアメリカ政府は(3)の可能性まで想定したから大統領を表に決して出さなかったのだろうし、それは妥当な判断だとも思う。自らと立場と意見を異にする他者の行動に対するそれだけの想像力がなければ、安全を守ることなどできない。

さてそうなると、その大統領が「『臆病』『役立たず』と批判された」というのだが、その批判をしたのは誰なのか、どんな人なのか。それは危険をもかえりみずただちに駆け付ける「勇者」の、目に見える勇敢さを賞賛する人々ではないのか。しかしその「危険をもかえりみず」は、実は「迷惑をかえりみず」ということと同義である。他者の行動への想像力を欠くそれは、結局「匹夫の勇」であるに過ぎない。政治は結果責任であると言われるのは、目に見えるもののみを見、想像力を欠く愚かさを戒めるものである。政治家の果たすべき役割とは「良い結果」を得ること(成果を増やすこと・損失を減らすこと)であり、ハリウッド映画のように自らの手で敵を倒すことではないのだ。その意味でこのコラムが明らかにしているのは、筆者の政治に対するセンスと想像力の欠如であるに過ぎない(ところで若き日に危険をかえりみない戦場での活躍を賞賛され勲章まで受けた政治指導者を、私は一人知っている。その名をアドルフ・ヒトラーという)。

筆者氏は、過去の首相たちの行動も引きあいに出して批判している。海部総理による普賢岳視察は6日後、中曽根総理による日航機事故現場視察は2ヶ月後。どうも朝日新聞によれば総理たるもの、(1)自分が行くことが有益かどうかに関わらず(日航機事故は単発の・「終わった」災害であり、継続的に被害が出たり現地で対策を考えなくてはならない問題ではない)、(2)自分が遭難する危険をもかえりみず(火山災害は一度起きてしまえば当分起きないという性質のものではなく、むしろ続発する危険性が高い)、とにかく現地に行け、被災者・関係者の迷惑など知ったことか、ということであるらしい。「窓」筆者氏の賞賛する野党党首が政権を獲得された際には、さぞかし英雄的な行為を見せてくれることだろう。「発生翌日の24日に(……)新潟県入りし、いち早く被災地をめぐった」大馬鹿三太郎英雄的野党党首はきっと、阪神大震災のときの自党党首=総理大臣の行為から何かを学んだのだろうね。誤った教訓だとしか私には思えないが。

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