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Winny事件初公判

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種村季弘先生ご逝去(asahi.com)。謹んでお悔やみを申し上げます。

さてWinny事件の初公判が行なわれ、被告側は公訴棄却または無罪判決を求める主張をしたとのことである。実際に聞きに行ったわけではないので報道の範囲で。詳しいのはIT Media Newsとかかな。

前にも書いた通り、この事件の一番の論点は「誰かがいつかどこかで犯罪を犯すだろう」というような概括的幇助が認められるかどうかという点にあるものと思う。であるならば、幇助の成立を正面から争う弁護方針には納得できる(対立を強調するような振舞いが賢明であるかどうかについては議論があると思うが、当事者でもないしその点についてはどうこう言わない)。

しかし罪状認否などで「技術的見地から行なった」などとして自己の行為を通常のソフトウェア開発や研究開発行為と同一視している点については相当の疑問がある。本当に技術的な開発・改良が目的だというなら、責任者を明らかにした場で公開すべきだったのではないか。この際必要なのは「実名を分かりやすいところに掲示する」ことではなく応答可能性と追求可能性だと思うので、別にどこかのウェブページに筆名で……というのでも構わないとは思うのだが、批判と責任追求を可能にする手段抜きで流出されたことを通常の研究開発行為とは呼べないのではないか。

ソフトウェア開発に関してはSoftEtherという例がある。情報処理振興事業協会(IPA)・未踏ソフトウェア創造事業の支援を受けていたからそもそも名前の隠しようもないという事情もあるだろうが、公開に際してセキュリティ的な面からの問題があると強い批判を受けた(実際にそれで一時公開が取り止められた)のに対し、開発者の登大遊氏はメディアの取材にもきちんと対応して正当性を主張していた。登氏の主張が正しいかについて私自身はまだ納得していない部分もあるのだが、しかし彼の対応が開発者としてのaccountabilityを果たすものであったことに疑いはない。研究開発行為としての正当性を主張するなら、このような批判への応答可能性を抜きにしてはいけないのではないかと思われる。

というわけで個人的には、『思想』論文で指摘した匿名性の負の側面が現われている事件だなあと思っている。責任を取らないという意味での「匿名」じゃダメなんだという、まあそういうお話。

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