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日本学会事務センター破綻

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したらしいのですが(*1)、まあ日本法哲学会は自前で事務をやってる小規模な学会だし(*2)影響はあるまい、私法学会とか大変だよな、今年の学会テーマは「信託法」か、悪い冗談だよなとかたかをくくっていたわけです。そうしたら日米法学会も事務委託をしていた模様で、たまたま寄稿していた(*3)『アメリカ法』2004-1(普段なら7月に出ている号?)は9月3日以降に発送とウェブでアナウンスされていました。道理でいつまでたっても出ねえなと思った。しかし会員じゃないとはいえ執筆者なんだから一言くらい連絡をくれてもいいような。

ところで「正しい目的のためならspammingすべし」と考えているらしい人々からは以下のような発言が。

日本の学術活動に大きなダメージを与えることが明らかであるにもかわらず、支援先がまだ見つかっていないことを理由に「再生の見込みがない」として再生手続き申請を却下し破産宣告してしまったことは、しばしば違憲も容認する日本の司法界の「高度な見地」の性格がどういうものかを良く示している、というのは言いすぎであろうか。
(Academia e-Network Letter No 163 (2004.08.19 Thu), 原文ママ、改行位置のみ変更)

はて、日本の裁判所が高度な見地から違憲状態を容認したりしたことがそんなにあっただろうかとしばし悩む。もちろん一方当事者だけが「違憲だ」と主張しているのを裁判所が認めなかったケースならごまんとあるわけだが、そんな「脳内違憲」で何か言われてもなあ。それ以外には議員定数問題をめぐる「事情判決」(*4)しか思いつかないが、議員定数配分の問題に限定されているし、2回しかない。はて。

「高度な見地」から考えるといわゆる「統治行為論」(政治問題political question)が思い浮かぶのだが、これは理論的には法律上の争訟として裁判所が法律的判断を下すことが可能なケースで、しかし国家統治の根幹に関わるような高度に政治的な問題で「その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には国民の政治判断に委ねられている」(*5)ような場合には、裁判所は判断を差し控えるという考え方。つまり裁判所は「高度の見地」に立ったりせず抑制的に判断しますという原則であって、批判もあるがおおむね受け入れられている。今回のケースでも「日本の学術活動の将来」はとりあえず考慮せず、法人経営の再生可能性という観点に絞って判断を下したのだとすればこの法理にまあ適合的、なのだが。

ところで再生手続申請(*6)を棄却したこと自体の是非についてだが、たぶん民事再生法25条3号の「再生計画案の作成若しくは可決の見込み又は再生計画の認可の見込みがないことが明らかであるとき。」に該当するという判断だったんだろうなあ。民事再生が認められるためには、破産して全財産を処分した場合の価値(清算価値)を超える金額を、基本的には分割で弁済する内容の再生計画案を作る必要があるのだが(清算価値保証原則)、そもそも非営利法人なんだし、現在の収入源である各学会以外の顧客がほとんど見込めない以上、顧客である各学会からの手数料収入を値上げして債権者である各学会に弁済するというあほうなことになる(つまり各学会が分割で損害を負担しているのと同じこと)。おそらく経営者(理事その他)の不正があるパターンだし、さっさと破綻させて損害を確定させた方がいいという判断ではないか。高度な判断も何もいらん、「お金は湧いて出てきません」ということでしょう。まあそんなこともわからんのだろうね、この人たちは。

(*1) cf. 「学会事務センター破綻のニュースへの反応リンク集」
(*2) 会員数約480名。この人数には一般的に「法哲学者」と考えない人々(法哲学会にも所属している憲法学者・政治思想学者などのこと)を含むので、日本相撲協会所属の現役力士(約700名)と比べると、日本の法哲学者の方が圧倒的に少ないという結論になる。とはいえ事務が大変なことに変わりはない。いつもお疲れ様です>担当者の方々。
(*3) 論文紹介を1本書いただけ。年会費8000円もするしな、ここ。
(*4) 行政事件訴訟法31条の定める「処分は違法であっても、それを取り消すことが公共の福祉に適合しないと認められるとき、違法を宣言して請求を棄却する判決」(芦部信喜『憲法』岩波書店1993、119頁)。衆議院の議員定数不均衡問題に関し、最高裁は1976年にこの法理を援用し、定数配分の状況を違憲と判示するものの選挙を無効にはしないという「事情判決」を下した。最高裁大法廷昭和51年4月14日判決(民集30巻3号223頁)。同旨のものとして最高裁大法廷昭和60年7月17日判決(民集39巻5号1100頁)。
(*5) 苫米地判決(最高裁大法廷昭和35年6月8日判決(民集14巻7号1206頁))。内閣不信任決議がないのに内閣が衆議院を解散したケースで、当該解散の有効性を争った事例。
(*6) 「再生手続」であって「再生手続き」ではない。さらに「棄却」であって「却下」ではない。前者はどうでもいいようなことだが、テクニカルタームひとつまともに使えんで何が研究者かという話。後者は概念が異なっているので、誤用するのは言語道断。というわけでツッコミどころが多すぎて本当に何が言いたいのかわかりませんでしたというお話。どっとはらい。

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Comment(3)

giraud さんのコメント (2004年8月24日 00:05):

初めまして。
理系の人間ながらいつも楽しませてもらっております。
私も参加学会が事務委託をしてましたので楽しいことになっております。会長は辞任するのか?など生暖かく見守っている次第。

エントリに対しては一言だけ書かせて頂きます。
何故相撲協会所属の現役力士を比較にだしますか。
な ぜ 力 士 を 。

kaito さんのコメント (2004年8月25日 12:57):

ひょっとおおやせんせいがでぶだからかしら。。。
でも、力士は必ずしもでぶではないしねぇ。

おおや さんのコメント (2004年8月25日 14:30):

わかる人にはわかる。いやなんかアクセス規制中とかで書き込めなかったもので。ちなみに前頭9枚目までの「幕の内」は東西合わせて定員40人だそうです。

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おおや on 日本学会事務センター破綻:
わかる人にはわかる。
kaito on 日本学会事務センター破綻:
ひょっとおおやせんせ
giraud on 日本学会事務センター破綻:
初めまして。 理系の

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