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宣伝モード発動
というわけでもうあと約一月ですので広告に走ります。上記の通り岩波書店の『思想』誌がリベラリズムの特集を組んでくださるそうで、一本執筆いたしました。8月末の発売予定と聞いております。
ええこれも私はともかく井上シューレの内外とりまとめて豪華な顔ぶれですので、是非ご一読給わりたく。ついでにご購入いただけると「リベラリズムの本も売れるんだ」と編集諸氏が勘違いして気付いてくださるような気がしますので、なにとぞ。
ところで情報はオープンになっているのかな……と思ってチェックしたら『思想』って本誌にもウェブページにも次号予告載ってないのね。ウェブなんか発売日すら書いてないしさ。商売がぬるいよ……ってまた言おうとして気付いたのですが、これってやっぱ、我々が商売と関係ない次元でお仕事してるっつうことなんですかねえ。しょぼん。
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ところで私はもう校正を終えて本日返送予定ですよ。>諸氏
校正〆切って8/2ですよね?ありゃ、間違ってたかな汗。
岩波のサイト、私も見ましたが、未だ校正原稿が戻って来
てないので、各執筆者の各タイトルが未定のためなんでは
ないでせうか?この段階で微妙にタイトル変更することも
あり得ますですし。
わたしも便乗して宣伝してみたり。
谷口功一「ジェンダー/セクシュアリティの領域における「公共性」へ向けて」Toward the 'public' debate in the field of gender/sexuality in: 『思想』2004年第9号(リベラリズム特集), 岩波書店, 2004。
おおや、たにぐち両氏さらに橋本さんの話などからするとかなり(内容の)「ヴォリューム」のある特集になると推測されます。この手の雑誌がかならずしも好調とはいえない昨今、お買い得なのではないでしょうか。
おおや氏の宣伝ついでに、圧倒的にタイミングを逸していますが、「少女×傍若無人」の論稿を読ませていただきました。「毎日母さん」に見られる最近の西原理恵子を考えると、西原がときに帯びる「他者性」(とでもいうべきもの)を、「外部」や「イノセンス」の語で捉えることが本当に適切なのか、やや疑問があります。さらに、おおや氏は、(ラディカルな)「他者」を、コミュニケーションの過程で日常的に存在する「ずれ」あるいは「よどみ」として理解していると私は了解していますが、西原論では「他者性」を特権的なトポスとして捉えているように思います。そうだとすると、両者の間の整合性が問題になるでしょう(これは、ある存在が私達の「制度」の正統性を危うくする「他者」として理解されるべき「資格」をもつに至る過程をどのように考えるか、その考え方の違いにも関わります)。
>関係者
うちにはゲラがまだ来てなかったりする(苦笑)。
さすがに探りを入れてみるも、音沙汰なし。
ま、いいけどね。こーいうことには慣れっこだし。
でもこれで締め切りが一緒とか言われた日にゃ…。
>関係者
私も2日と聞いていますが、他にもいろいろ用事があるので引っ張りたくなかったのと、たまたま到着した日に教授会があったもので作業が進みまして(待て)。
# やはり待たせただけ待たされているのでは>おくださん
ちなみに講義で「論文が出る」と言ったら学生諸君の目が一瞬輝き、「8月末発売」と続けたらがっかりしていました(試験に間に合わないので)。いやあの、読んでも役に立たんと思うで。
>よこはまさん
うわ本当に読まれた。ありがとうございます。西原理恵子については、「外部」として振る舞っていた初期の立場から、恨ミシュラン末期あたりでその他者性のはらむ限界を意識することによって、現在の「『よどみ』としての他者」を描く作品へ移行していったと考えています(従って「毎日かあさん」の西原が「少女」でなく「おかん」であるのはむしろ当然である、と)。特権的な他者性の限界とそれに代わる可能性を示すケースとして、私の考え方に親和的だと思っていますが、「破壊の破壊」という転換期の姿勢から「日常性の中の『ずれ』」へと移行するところはあまりその文章では書かなかったので、きちんと表現できていないかもしれません。
お騒がせしましたが、連絡取れました。
郵便事故とか、そういうトラブルではなくて一安心。
(最近結構あるようなので。民営化した「から」
なのか、した「のに」なのか、いずれかは不明)