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シロウトさんには理解しにくいこと(4・完)

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《現代法律学のアポリア》

ところで、ここには現代法律学の抱える一つの根本問題が現れている。第一に、上述の議論に示されているように法律を理解することというのは一定の熟練と知識を要する技術であり、十分な法学教育を受けた人にしかできないということ。この点はしかし、他の多くの学問と何ら変わるところはない。カントを正しく読むためには哲学の素養が、レントゲン写真を読むためには医学教育と医療経験が必要になるわけだ(*1)。

ところが第二に、近代民主主義社会においては、法律は万人に理解されなくてはならないものである。法は権利を制限し義務を課すという形で国民の生活を制約する。このことを正当化するための基本的な理論は、「人民の自己統治」理念である。すなわち、国民を支配している法を制定するのは国会であるが、その国会は国民の意思によって選出されている。従って法による支配は迂回された自己統治に他ならず、他律の問題を生じさせないというわけだ(*2)。

ゆえに、国民は法が何を命じ何を禁止しているかについて、現実に理解しているか、適切な状況においては理解できるはずである。ここで「適切な状況」とは、例えば泥酔していたり意識が混濁しているなどの状況がなく、また存在する法についての情報を得ているならば、ということである。制定された法律が官報に公布されること、著作権による保護の対象にならず無制約な流通が保障されていること(著作権法13条)、法令データ提供システムなどを通じて万人が知ろうと思えば知ることのできる状態に置かれていることなどは、後者の反映である。またその陰画は、「法の不知はこれを赦さず」という法諺に象徴されるように、現実に法を知らなかったという抗弁を免責事由としては認めないというところに現われている(*3)。

法律を万人が正しく読むことはできない(現実)、にもかかわらず、それは万人により正しく読まれるものでなくてはならないし、万人がそれについて語り得るのでなくてはならない(規範)。この点は、十分に成熟し自己の行為に対する責任を負うことができる(と想定された)家長によって公の世界が構成されていた近代までの社会においては大きな問題とはならなかった。しかし現代の社会においては、第一に社会全体が複雑化したためにそれを統制する法も複雑化・専門化したことによって、第二に公の行為能力を認められた主体が数的に増大し能力的にも細分化されたことによって、両面から危機にさらされていると言うことができる。このアポリアにどう答えるかが、現代法律学に負わされた課題なのである。

……まあ端的に言うとね、いいよな工学部の先生とかシロウトにタメ口きかれなくてとか、そういうことなんですけどね。基本的な素養もない人でも語りはじめてしまうもの、法律・政治・経済・教育。誤解に基づく思い入れが横行しているもの、哲学。「人生哲学」とか、そんなもん知るかっ。

結局自虐ネタで終わり。めでたしめでたくもなし。

(*1) ここで「正しく」というのは他者に対して一定程度正当化可能な形で、という程度の意味になる。もちろん何を読もうが自分だけで楽しんでいるのであればその読みの正当性について問われるべき何の理由もない。
(*2) もちろんこの理論はデタラメである。第一に、代議制民主主義において国会は有権者の意思を完全に反映して行為しているわけではないし(現実)、また行為するべきだともされていない(規範)。議員の選出は命令委任(「公約を守るという条件で国政を委ねる」)ではなく、自由委任(「とにかくあなた自身の判断に国政を委ねる」)だというのが通説である。
  第二に、国会における決定は多数決であり全員一致ではないので、基本的には反対しているにも関わらず法の適用される勢力が発生する。この点については共時的反映だけではなく通時的反映を考慮すべきとの反論もあり得るが(ある議会での少数派は選挙によって多数派に転じ得るので、長い目で見れば双方の意思が反映するという考え方)、この議論は逆転不可能なレベルの少数派(アメリカ社会における黒人・ヒスパニック等の人種的少数者、あるいは少数民族など)や構造的に政治プロセスから除外された他者(女性参政権が認められる以前の女性など)が存在する場合には適用できない。
  第三に、そもそも決定している「国民」が集合的存在であるのに対し、支配の及ぶ「国民」は個々の「私」である。両者が概念的に同一なのだとか、集合的存在としての国民を構成するすべての「私」に共通の部分があり政治的決定はそこの依拠するのだといったような危険きわまりない想定を置かない限り、両者のあいだに乖離が生じ得ることは間違いない。
  この理論の価値は、それが事実としてはデタラメでしかないにもかかわらず、真実であると扱うことによって我々に一定の利益がもたらされるというところにある。つまり自己統治理念とは近代国家を支える擬制fictionなのである。
(*3) 刑法38条3項「法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。」

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Comment(9)

鰤 さんのコメント (2004年4月 9日 01:54):

きかれてましたが>ため口
佐藤文平社長がじきじきにお電話くださったのだが、録音したテープがどっかいっちゃってでてこないよ。しょぼーん。

よこはま さんのコメント (2004年4月 9日 10:49):

ため口の件、それでも社会学でフェミニズムをやっている人たちや倫理学で生命倫理をやっている人たちに比べれば、ましだと思いますが。やはり法学部の「権威」なんでしょうかねえ。

kaito さんのコメント (2004年4月 9日 10:50):

個人的には弁護士とかが「センセイ」と呼ばれるのはとっても不思議ですけどね。
エンジニアなんか第一人者だったり技術士だったりしても「センセイ」なんて呼ばれないのに。
まぁ、「工学部の先生〜」のくだりとはかなりズレた話ではありますし、そもそも「センセイ」と呼ばれること自体の価値の問題なんかもあるわけでわりますが。

鰤 さんのコメント (2004年4月 9日 13:03):

ていうかカタカナで書くことじたい、んがごご。

なんばりょうすけ さんのコメント (2004年4月 9日 13:41):

工学部のセンセイがどうだか知りませんが、ソフトウェア技術者はフツーにシロウト(エンドユーザ)からタメ口きかれますよ。ブルーカラー(IT土方)だから当然ですか。そうですか。

おおや さんのコメント (2004年4月 9日 14:19):

う〜ん、センセイと呼ばれるかどうかとか敬語を使われるかとかはどうでもいいのです。その意味で「タメ口」という表現はわかりにくかったかもしれないと思うのですが。

まあ例えば私などシロウトさんから「著作権法のこの部分はこう解釈すべきだ」などというご意見を頂戴することがあるのですが、もうお前とりあえず回線切って本屋行って教科書と判例集を買って10回読んでから味噌汁で顔洗って出直してこいと。そういうレベルの話が多いわけですよ。それに比べると理系の先生は「生物分子機械における微小管のリサイクルの仕組みについて、私はこう思うんですが」とか言われないよねえ、きっと、と。

あと個人的な意見ですが、普通の人の集まる飲み会の席(学会とか業界とかで集まっているのではない、結婚式の二次会とかが典型的)で身分がばれてシロウトさんに捕まるのは医者と法律家ですね。「手のここんとこにふくらみがあるんですが……」とか「友人のところに変な請求メイルが来て……」とか。内心「そんなもん、知るかっ」と感じつつもにこやかに答えてあげる我々。ああ聖なるprofessionの我らに課す義務の重きことよ。

最近は社会のIT化(爆笑)の進展に伴い、コンピュータ技術関係の方もこの列に加わっております。飲み屋のお姉ちゃんに「最近ブラウザの調子が悪いんですよ〜」とか、言われたことがあるでしょう。ようこそprofessionの世界へ。さあご一緒にどうぞ、「そんなもん、知るかっ」。

kaito さんのコメント (2004年4月 9日 15:36):

おっしゃるような意味でも理工学系の専門の先生方が「タメ口」きかれてしまうことはままあります。その筋の専門家に関連分野の畑違いの勘違いさん(もしくは半可通さん)がというケースがよく見られます。
まぁ、一番多いというか分かりやすいのは、(その筋ではシロウトさんな)エライさんが、その筋の専門家の目下の人間にというケースでしょうか。

技術者で現場たたき揚げでエラくなってしまった人の中には、たまに理工学の基礎的な素養がない人もいたりするわけですな。

まぁ私なんぞも最近、居合わせた弁護士のセンセイから「ノートのモデムカードの調子が悪いんですが」とか聞かれてみたりしました。確かに私めはノートPCの設計開発を生業としてはおりますが、専門は筐体・放熱設計だったりなんかして。それでもいけしゃぁしゃぁともっともらしいこと(?)を答えてみたりしましたが。

鰤 さんのコメント (2004年4月10日 16:38):

でも、そういうタメ口ならまだいいではない。
私はシロウトさんに自分の論文のがらみの話をしていて「そんなことは現代哲学の問題ではない」と教えていただきました。
 怒りとかじゃなくてただびっくりしちゃった。
何を言って差し上げてもお気に召さないだろうなあ、と思ったので、お返事はしませんでした。

それに比べれば目に見える需要があるのが確認できる方々はお幸せかとおぼゆ。

赤マント さんのコメント (2004年4月13日 02:31):

おおやセンセー殿へ

赤マントです。
どーもありがとーございました、シロートには、とてもためになる講義でした。何より見ず知らずのわたしに、
ホーリツガクのいろはから、懇切丁寧に解説下さった
ことに心より感謝申し上げます。おかげさまで
いくつかの疑問を除いて、少しはすっきりしました。
疑問の部分につきましては、ご迷惑を顧ずまた後日
ご質問させていただくかも知れませんが、取敢えず
今回は、ほんとに心よりの感謝を込めてお礼に上がりま
した。では。

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