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週刊文春事件・仮処分維持

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文春側の異議退け、出版禁止仮処分を維持 東京地裁 (asahi.com)

決定全文は読んでいないし、当該記事も見ていないのですがその限りで言えば、まあ妥当な決定かなと。注目すべきところは以下の二点。

  • プライバシの認められる基準について、客観説に立っていること。
  • 事前救済について名誉毀損よりプライバシの方が広く認められるとしたこと。

前者については、「石に泳ぐ魚」事件との関係が問題になり得る。今回は仮処分であるという点が考慮すべき要因なのかもしれない。ただし「石に泳ぐ魚」事件を主観説と読むべきかという問題については議論があるし、私自身は否定的である。その際に私は従来の裁判例との差異を被害者の対抗言論行使可能性の有無に見いだしているので、今回の決定はその観点からも妥当と考えられる(田中元外相本人であれば別段、娘さん自身に一般人を越える直接の発言力があるとは考えられない)。

また、客観説の内容についても、単に周囲を超える範囲の人々に知られていないという意味での客観的秘密性を要求するのみならず、それを「知られたくない」と思うことが一般人の観点から判断して妥当であるということを求めており、「石に泳ぐ魚」事件以前の二重の客観性基準に合致するものと理解することができる。

今回の決定が妥当であるかどうかを判断するためには当該記事を見たうえで両当事者の主張を聞く必要があるだろうから、私としては判断を差し控える。少なくとも決定の妥当性を疑う材料はない、とは言えるだろうが。その上で、本件に関する意見等について若干論評しておく。

(1) 文藝春秋側は、すでに発行部数のほとんどが販売済(出荷済)であって仮処分の実効性がないと主張しているが、その場合には印刷・発行・販売のあいだに時差のほとんど存在しない一部の出版物(新聞・雑誌)については事前の救済は認められないと言うことになる。もちろん発売後に損害賠償請求等を求めることは可能だが、すでに判例で指摘されている通りプライバシについては事後の救済はほとんど意味をなさないのだから(一度広まった情報を隠し直すことはできない)、回復不能な損害を第三者に与える特権を特定の出版物に与える結果になり、とうてい受け入れがたい(しかもその際の基準が出版物の質でも内容でもなく、発行頻度というそれ自体は言論の自由という観点からなんの価値も持っていない要素であるという点も問題である)。また、前述「石に泳ぐ魚」事件において、対象となる小説がすでに雑誌で一度公表されているものであるにもかかわらず、それ以上の被害拡大を防止するという理由で単行本の刊行が差し止められていることを考えれば、今回においても残部の販売が差し止められるのは当然と評価することができよう。

(2) 「政治家の子女は後継者になり得るので私人とは言えない」という主張もあるが(一例として朝日新聞朝刊における田島貴男コメント)、決定も指摘する通り政治家の子女でも政治活動に無縁に過ごすものもいる。また、制限されるのはあくまでも公表なのであるから、候補者になり得る子女について取材活動を行なうことは許されるだろう。現実に当該子女が選挙に立候補するなどして公人性が生じた段階で報道すれば目的の公益性は問題なく満たされるのであるから、今回の決定を批判する論拠としては失当である。例えば子女の非行が親である政治家の監督態度に由来する側面があり、その点を指摘することが政治家としての事績を論評するために必要であるという場合には子女に関する報道も許されるだろうが、今回のケースがそれに該当するとは考えられない。

(3) 名誉毀損からの保護・プライバシの保護と、報道・表現の自由がともに自律的な根拠を持つ憲法上の価値でありながら、相克する側面を持つということはすでに常識的理解であるといえよう。従って問題はすでに、両者のどのようなバランスをとるべきか、またそのバランスが保たれることを制度的にどのように保障するかという点に移っている。マスメディアの自覚のみではそのことが保障できないのであれば、国家(あるいは国家の強制力を背景にした第三者機関)によってその機能は代替されざるを得ない。今回の事例において自らの一方的な主張を振り回すことは、マスメディア側における権利相克への無自覚さを強調することになり、結局は自らの自由と権利を制限する結果につながることを理解すべきであろう。

なお参照、大屋雄裕「プライバシと意思」(特集: 法哲学者が最高裁判例を読む), 『法律時報』vol. 75, no. 8, 日本評論社 2003, pp. 20-25.

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赤マント さんのコメント (2004年4月 4日 13:19):

当該記事も読まず決定全文も読まずに、よくもまぁ、
いけしゃあしゃあともっともらしいことが言えたもので
すね。
さらに、国家に託すればプライバシー権と言論の自由と
のバランスがうまくとれるってのは笑わせてくれますね。
何を根拠に?

おおや さんのコメント (2004年4月 4日 15:13):

そりゃあまあ、大学教員なんてもっともらしく何かを言う職業ですからな(いけしゃあしゃあ)。しかしこの人もメイルアドレスを書き込んでいるということは自分の発言に責任を取るという意思があるらしいので、晒しておきます(まあreachabilityはちゃんと見ていないわけですが)。

ところで言ってもいないことで笑っていただけたというのはエンターテイナーとして喜ぶべきことか、悲しむべきことか。「国家に託すればプライバシー権と言論の自由とのバランスがうまくとれる」などという発言がどこに?

比較すべき状況は、(1)いかなる言論が許されるべきかを国家が決定する「国家万能論」と、(2)国家介入を完全に排除して言論の自由市場に任せる「市場万能論」だけではなく、(3)国家介入の可能性を担保することによって可能な限り市場の自主性を保とうとする「修正市場主義」も含めたものなのですよ(そしてもちろん私の主張は(3))。

SPA!連載における福田和也氏の主張などは(2)に立っているものとしてその一貫性は評価できますが、市場メカニズムの内包する問題点への反省を契機として修正資本主義が導入されたことを考えると、高い評価はできないですな。さて、あなたの代替的制度構想は?

# 同趣旨の疑問を某市民運動家に尋ねてみたところ、「オルタナティブを示せというのが体制側のいつもの手口だ」と反論(のつもりだったらしい)されてしまって思わず天を仰いでしまったことでありますよ。だからお前らいつまでたってもダメなんだよ、ってのは「赤マント」氏に現時点で言ってるんじゃないですからね、念のために。

鰤 さんのコメント (2004年4月 4日 18:12):

>エンターテイナーとして喜ぶべきことか、悲しむべきことか。
まあ人様の悪夢を食って無害化するのが分野によらず×哲学者を名乗るものの務めとぞおぼゆ。

ところで、到達性=責任ということでしたら、わたくしの発言などはそうすると自分の発言に責任を取らない意思表示となるのでしょうか(w はおいて

便乗質問なのですが、プライヴァシー権はいつごろから権利として確立されてくるのでしょうか。言論の自由は結構時間かかりますよね。英国で印刷に勅許を要さなくなった時期はあれはいつだっけ。公益と反するというので『単なる理性』が差し止めになるのが18C末、無神論論争やゲッティンゲン大事件のときも確か公権力の介入があるので大陸では19C半ばでも危ないはずだぞと。

別スレッドで沸いた疑問だけども話が逸れるので、こちらへつけときます(まて

おおや さんのコメント (2004年4月 4日 19:01):

はてA⊂Bから¬A⊂¬Bが導出できましたかな?(にこにこ)

プライバシ権の起源については参考文献にも書いたところですが、私生活の平穏を害されない権利・みだりに公開されない権利と考えた場合、明確な定式化が行われたのはWarren & Brandeis, "The Right to Privacy", Harvard Law Review, vol. 4, no. 5, 1890, pp. 193-220.によってでしょう。それ以前にもちろんこの趣旨で理解できる判例はあるのですが、権利への主張としてまとまったのは、従って、19世紀末だということになります。なおプライバシが憲法上の権利として明確に承認された判例は、グリスウォルド判決まで待つことになります。cf. Griswold v. Connecticut, 381 U.S. 479 (1965).

日本でプライバシ侵害を主張したものとしては、「宴のあと」事件(東京地裁判決昭和39年9月28日)が古いのかなあ。基準云々はまたあとの話として、プライバシの要保護性はここで認められたと言えるのではないかと。1964年ですね。つまり確立されたとちゃんと言えるのは戦後20年を経た頃ということになるでしょうか。

ややこしいのはここで、the Right to be Let Aloneとして理解されたプライバシが、外部の干渉からを拒絶するという意味において自己決定権と交錯してくることです。その結果としてロー判決のように、堕胎の自由がプライバシによって正当化されることになってくる。cf. Roe v. Wade, 410 U.S. 113, 93 S.Ct. 705 (1973). そうなると自己決定権と混同してもっと以前から確立されていたかのようなイメージができてくるのではないかと。実際には上で述べたように、ごく新しい権利です。

# そうでなきゃ刑法・憲法を制定するときにもう少し考えた条文にしてあるよな、との声あり。

kaito さんのコメント (2004年4月 4日 22:34):

大屋先生がかっこいい。
やっぱりファンクラブ作ろうかしら。

さんのコメント (2004年4月 4日 23:12):

むむ、全称量化子いれないでそうくるか。そちらのほうが綺麗ですね。orz ...

大屋先生ファンクラブつくりまいた(URL参照)。orkut に入って折られない方は個人的に「氏名・いきごみ・所属(オプション)・一番お気に入りの大屋作品」をメールでご連絡ください。折り返し invitation をお送りします。

なお「とぞおぼゆ」は「とぞおぼゆる」ですね。お詫びして訂正いたします。ちなみに私が一押しの大屋作品は名前忘れましたが(ぉぃ)某温泉カルト(翻訳)。

kaito さんのコメント (2004年4月 5日 01:29):

はて、私めはorkutに入ってないのでメールを出してみようかと思ったんですが、こまったことに鰤様のアドレスがわかりませぬ。
どちらへご連絡すればよろしいもので。

さんのコメント (2004年4月 5日 08:23):

むむ。だめ人間の会ですか……ぬまたさんてもしかしてぬまたいっせいさん? という話はおいて
・t.u-tokyo.ac.jp 見つかりません攻撃はなぜでせう
・下記に連絡くださいませ

ぐぐる様経由で一度 fj.* に投稿したら、三日で spam で溢れて使えなくなりました。ですので限りなく非到達なアドレスです。お早めに連絡くださいませ。でわわ。

kaito さんのコメント (2004年4月 5日 12:34):

ぬまたいっせいさんとは別の方です、たしか。

・t.u-tokyo.ac.jp 見つかりません攻撃はなぜでせう
卒業して大分たつものでして。
で、サーバがつぶれてたり、リダイレクトを更新してなかったりでこんなありさまでございます。

・下記に連絡くださいませ
こちらもなぜか「ないよ」と言われました。(TT
よろしければ kaito@dameningen.org にでもご連絡くださいませ。

さんのコメント (2004年4月 5日 23:06):

どうも
URL(はい、日記記載のメールアドレスはinvalidです。RFC何番だっけ)が記入されているとこの日記の仕様ではそちらが優先されるようで、お手間おかけしました。

あら。メール欄はどの道記入しないといけないのか。

鰤 さんのコメント (2004年4月 5日 23:09):

再現性テスト。
mailto: に britomartis@faery.queen.ac.uk.invalid といれてみました(上と同じ)。ちなみに上では about:blank なる結果が返ってきましたが。

サーバいじめまくってるかも。

赤マント さんのコメント (2004年4月 6日 01:09):

おおやセンセイ

どうも赤マントです。

>そりゃあまあ、大学教員なんてもっともらしく何かを言う職業ですからな(いけしゃあしゃあ)。

それは確かにそのとおりかも知れませんが、
「原資料にもあたらずに、もっともらしく何かを言うのが大学教員だ」
とまでの開き直りはなさりますまい。
つまり、当該記事も読まずに、その記事が公共の利害に関するものでなく、
さらに公益性目的がなく、さらに書かれる側に回復不可能で重大な
損害を与えるものかどうかは、いくら慧眼なセンセイでも、判断出来ないでしょう。
おおやセンセイ御自身で

>今回の決定が妥当であるかどうかを判断するためには当該記事を見たうえで両当事者の主張を聞く必要があるだろうから、私としては判断を差し控える。

とおっしゃっておられます。
しかし、にもかかわらず、センセイは、

>決定全文は読んでいないし、当該記事も見ていないのですがその限りで言えば、まあ妥当な決定かなと。

>その際に私は従来の裁判例との差異を被害者の対抗言論行使可能性の有無に見いだしているので、今回の決定はその観点からも妥当と考えられる

>少なくとも決定の妥当性を疑う材料はない、とは言えるだろうが。

>今回においても残部の販売が差し止められるのは当然と評価することができよう。

と、例を挙げればきりがないほど、地裁決定を支持されておられますね。
いったいなにを根拠に?高裁の決定についてどうお考えですか?

また、センセイのご持論の「国家の介入を担保することによって、云々」についてですが、
今回、センセイが主張されるとおりの、表現の自由に対する国家介入があり、
週刊文春は発行されませんでしたが、上級審では全く正反対の決定がされました。
これをセンセイはどう判断されますか?
あくまでも地裁支持で、高裁の決定が間違いだと思われますか?
だとするとプライバシー権が高裁によって不当に貶められた、ということです。
一方、高裁支持の人にしても、万々歳とは行きません。実際に地裁の間違った決定によって
週刊文春の3月25日号が発行されなかったわけですからこれは国家による不当な言論の自由の
圧殺だったわけです。国家介入の可能性を担保して、なにが、どううまくいきましたか?
センセイは第三者機関なども匂わせておられますが、それはどんな役割をするのでしょうか?
検閲などではないでしょう?(まさか、とは思いますが、事前救済などと盛んに書いておられるので)

それと最後に、センセイのご質問はわたしの代替案でしたね。
わたしのスタンスは、今の憲法をしっかり守って欲しい、ということだけです。表現の自由は、
憲法の条文上、なんの制約も受けない、保障されるべき権利です。公共の福祉に反しようとも
保障されるべきものです。基本的人権のなかにプライバシー権というものが仮にあるとして、
これを侵害する言論すら、封殺することは許されないと考えております。
憲法のどこをどう解釈すれば出版物の事前差止めなどが行えるのか不思議で仕方ありません。
最高裁判例は確かにあります。ただ、それはまさに例外的なもので、センセイが書かれているように、
「当該記事も読まずに妥当と考える」ような簡単なことではないと考えます。

追記
メエルアドレスと責任ある言論の間に何か相関関係があるとは夢にも思いませんでした。

おおや さんのコメント (2004年4月 6日 16:02):

それはあなたの想像力が貧困なのです(きっぱり)。責任ある言論には固有名を必要とするというのが私の理念です。この点についてこの場で議論することはしません。そんなスペースはないからだし、その時間もないからです。いやなら出ていってください。私は固有の他者に対してしか応答の責任を負いません。

ただし私がここで言う「固有名」は継続的に応答可能であり識別可能な存在であれば足ると考えています。その意味で、個人の名前・この世界における「実名」を要求する私の師匠などよりは相当に緩和された基準だろうと思います。なおBrittyさんは私にはその正体が明らかなので、私に対する発言・私との対話を中心として構成されたこの場においては(まあ一部そうではない気もしますが)、ご本人がメイルアドレスなどを改めて書くかどうかということに関わらず、すでに顕名であると理解しています。

このポリシーについての異論はここでは受け付けません。読者には来ない自由があるし、自分の作った場で発言してトラックバックを送り付ける自由もあるのです。繰り返しますが、それがいやなら出ていってください。

なおご指摘の点に対する応答は長くなりますので別エントリで書きました。すげえ長くて連載になるので、全部読んでから反応すること推奨。

# こんなことやってるヒマがどこに……orz

鰤 さんのコメント (2004年4月 7日 02:16):

トマスがルイ聖王の食卓にその他大勢として招かれた卓上、黙々と食事していたのが、突然
 「マニ教の異端に対してはかく反駁せねばならない!」
と演説を始めたという故事を彷彿とさせますな(w

周囲は蒼白になったそうですが、ルイ王は書記を呼ばせて対マニ教駁論を書き取らせたよし。

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