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「イノセンス」見ちゃったよ
はいリンク。17日にFD研修→教授会→宴会の3 hit comboを終えてから三好のMovixまでレイトショーを見に駆けつける私。21時以降の上演は1000円なのです(*1)。なお終演は23:25、ってだから明日も出張だって言ってんだろうが>自分。
一言で総括。「萌え要素とCGで武装した『ビューティフル・ドリーマー』」。いやあのね、最低でも前作(『攻殻機動隊 Ghost in the Shell』)、できれば士郎正宗の原作を読んでないと、理解できないと思いますよ。「義体」とか「ゴースト」とか独特のコトバヅカイもあるわけだし(*2)。原作を読んでいると、ストーリーや台詞がカット&ペーストなのでにやにやできると思います。にもかかわらずできあがったのは押井作品に他ならないという、それもまたすごい話。
前作を見たときにも思ったことですが、同じように「饒舌」とか情報量過多とか言われながら、実は士郎正宗のマンガと押井守監督のあいだには文体の大きな差異がある。士郎マンガといえば『アップルシード』に代表されるように、絵のみならず文章のものすごい書き込みで知られているわけです。欄外を埋め尽くす膨大な注釈と解説。しかしよく考えると、登場人物たちの明示的な「語り」(つまりそれは吹き出しという形で表現されているわけですが)は、相当に寡黙です。彼らは(いかにもプロらしく)必要のないことはしゃべらないし、相互の共通了解となっていることを改めて口に出したりはしない。しかしそれでは(プロではない)我々読者たちには何が起きているのかさっぱりわからないので、それを補うために作者が(登場人物以外の誰かが)欄外で語りはじめるわけです。
一方押井守の映画において饒舌なのは登場人物自身です。もちろん映画に欄外の余白はないから当然だ、と言えなくもないわけですが、しかし背景説明でも共通知識の確認でもなく、監督の分身たる登場人物たちは語り続ける。原作のバトーは(少佐の去ったあとでも)もっとドライでプロフェッショナルですよ。それがすっかり感傷的かつ内省的になってしまうあたりが押井映画の押井映画たる由縁なのですが。
あ、『ビューティフル・ドリーマー』と呼んだ理由は、時間の反復と入れ子構造のモティーフが一部で使われているからです。映画の中心的な主題は(『球体関節人形展』がプロモーションに組まれていることでもわかる通り)人形、あるいは人間性の投企なのだと私は思いますが(*3)。
しかしこんな映画をよくもまあ、「おされ映画」プロモーションで売り込むものですなあ。とにかくジブリ鈴木プロデューサーの敏腕は認めるから、ただちに一部分拡大的資本主義的詐欺的広告宣伝戦略を中止するよう勧告するのこと。「キルビル事件」「プライベート・ライアンの悲劇」をさらに繰り返そうというのかっ!! (*4)
(*2) 義体がどういうものか知らないので最後の戦闘シーンで仰天した人がいると思料。
(*3) 詳しくは次のTalking Headsで書く、のだと意気込んでみる今日この頃。
(*4) げらげら。
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「キルビル事件」の「被害」者です。
「イノセンス」も、サブカル哲学業界を賑わしているのでしょうか。引っ越しのどたばたが一段落したら、観に行ってみます。
追伸:返信多謝。他人のBBSやBlogに寄生してばかりではいけないので、そろそろ自前の窓口を作りたいとは思っています。新居に電話が開通したら、試みてみます。
「萌え要素」って何かありました?
どっちかっつーと「燃え」な気がしないでも無いですが。
「プライベート・ライアン」も似たような売られ方してたんですかー。私はあの映画肯定派なんですが。ジャクソンだけは。(ぉぃ
>よこはまさん
サブカル哲学業界などどのような悲劇に見舞われようが知ったことではありませんが。プロなら鑑識眼を持ってなきゃいかんものですし。なんか新聞テレビで大プロモーションを打って観客動員500万人を目標とかぶちあげているので、一般人に被害が出るのを懸念しています。
>kaito氏
「萌え」と呼ぶのは不適切であっただろうか。つまり「せつない物語」路線で女子衆を呼び寄せようという戦略のことを言っているわけです。すまんですのう、「萌え」のわからない男なので。
ぷらいべーとらいあんは、ライアンのプライバシを求めて見に行ってしまったおされ兄ちゃん姉ちゃんが、冒頭の戦闘シーンで悲鳴を挙げていたとの噂。正しい邦題は「新兵ライアン」だからねえ。
「萌え」については、おおやせんせーが銃乱射なシーンに「萌え」で「燃え」なのかと誤読してました。
「せつない」路線については、宣材を見ていると確かにそういう方向を狙っているのはわかりますが、あの映画から「せつなさ」を読み取るためには、あるいは「せつない」バトーに共感するためには、かなりの予習と(特殊な)リテラシと(押井に対する?)シンパシが必要かなぁという気がしないでも無いです。
一緒に見に行ったツレは「きれい」「すごい」「さっぱりわからない」とのたもうておりました。
金のかかり具合を考えると、一般人にかなりの被害を出さないと回収は難しいでしょうなぁ。でもまぁ、出てもいいんじゃないでしょうか、被害。
別のところでも書き散らしましたけど、必要のない、あるいは、使わない方がいいかもしれないところまで、3D-CGでやらなくてもいいのにと思います。金の使いどころをちょっと間違ってるような印象を受けました。
原題は"saving private ryan"でしたから、「新兵ライアンの救出」ぐらいですかねぇ。
まぁ、「プライベート」と言われて「新兵」とか「兵卒」とかを浮かべる日本人は少ないであろうことを考えると、適切な邦題であったとは言いかねますなぁ。
二等兵物語は、知人に燃える実機(T4を熱演するマローダー、それとも逆?近現代はよく知らん)を映画館でかCMでか見て精神的に大打撃を受けた人がいるので、マニアにも被害者が出た模様。
押井監督は何を原作にしても自己言及性としての自己同一性と時間性の物語にしてしまう人だと思うのですがどうでせう。
人形の話はまた別の機会に。
はじめまして。
いやうちも同居人がもろ被害を受けたぱんぴーでして。
「痛いオヤジの薀蓄聞かされてむかむか」てな感じでした。
その昔貴下のエヴァ論を読んで痛く感心しましたが、あれって公刊はされないんでしょうか?
うお、ホンモノかしら。ええとええと、いらっしゃいませ。そうですね、やっぱり監督はいきなりあれを見ることを想定しないで作ってると思うので、プロモーションは詐欺的(良かれ悪しかれ)だったと思います。
エヴァものは時機を逸しているような気がしますし、さすがに本学部の紀要に掲載するのもいかがなものか(便利な用語)と思われるので特に何も考えず放置中です。まあPDFでウェブにはのっけてありますが。
そーそーわたしも鈴木プロデューサーにインタビューする予習として「イノセンス」みますた。
インタビューは鈴木プロデューサーの「イノセンス」批判がとてもおもろかったです(とりあえず今回はスペースと構成の都合で活字にはしませんが)。
>いなばせんせい
まあそりゃ、あれを手放しで誉めちゃいかんでしょうし、鈴木プロデューサーは言いたいことがたくさんおありでしょうねえ。しかしあれをああ売ったのも鈴木Pだと思うと商売うまいなあというか、死の商人も同然ですよというか。
ないす>「死の商人」
あるいは「大人の事情」ですね。