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ことし二度目
私が最終ののぞみで帰ってくると大学に駐めた車に雪が積もっているというのは何かの陰謀ですか(被害妄想)。前回の積雪10cmよりははるかにましでしたが。
マクロの観点から見た場合に重要なのは、政策の対象となる個々のエージェントに対する資源配分がどのようになるかということで、エージェント内部における配分は別の問題と考えるのが妥当だろう。あえて簡単な二分法を使えばそれは私法的な契約関係なのであって、構造的な不正義が予想される場合にはそこへ国家が直律的に介入するという労働法的なスキームも考えられるだろうけれど、やはりそれは別の次元なのだ、と。そうではなく個々のクリエーターに至る分配をすべて政策的な考慮対象にするという手法はあり得るだろうけれど、多すぎる対象を直接的に扱うことになるのでうまく解けないか、政策実現コストの爆発を招くことになるだろうと予想している。
ただそれとは別の話として、クリエーターの待遇が画期的に改善されることはないだろうという予測もできる。何故なら、供給が多すぎるから。金を払っても本を出したいという人が腐るほどいる社会で、クリエーター一般がバーゲニングパワーを持てるはずがない。ただし情報流通のさまざまなスキームはそれ自体他のスキームとの競争にさらされているので、幻想を抱いた新規参入者が幻滅するまでの期間を安価に使い捨てることしか考えないスキームは、製品の質の低下を起こして他のスキームに破れることになると予測される。それを防ぐための手法というのも政策の観点から考えられるのではないかと思うけれど、あくまでやはり分配されるパイの大きさをめぐる議論とは分離すべきなのではないだろうか。
何の話なのかは、言わない。
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